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政治関連・社会問題などについて書いてゆきます!

気持ちのこもらない安倍氏の『追悼の辞』


今日の正午前から、恒例の「戦没者追悼式」がNHKで中継された。

     

 天皇による追悼の辞も例年通りであったが、安倍首相の『追悼の辞』は全く心に残らないものであった。

 下記のニュースによると、一応「不戦の誓い堅持」「加害責任にも言及」と書いてあるが、TV中継を見ていたにも関わらず、そのような発言があったという印象は全くなかった。

 おそらく、安倍氏自信の気持ちが入っていなかったんだろう。

 この傾向は、広島の「原爆慰霊祭」の中継でも感じたことであった。

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首相、靖国参拝見送り 高市氏は午後に実施へ(共同通信) - goo ニュース

首相「不戦の誓い堅持」 戦没者追悼式、加害責任にも言及(共同通信) - goo ニュース
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    共同通信  2007年8月15日(水)12:46

 62回目の終戦記念日となった15日、政府主催の全国戦没者追悼式が東京の日本武道館で開かれた。安倍首相は式辞で「先の大戦で、わが国はアジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えた」と日本の加害責任に言及した上で「不戦の誓いを堅持し、世界の恒久平和確立に積極的に貢献していくことを誓う」と述べた。安倍首相の参列は就任後初めてで、昨年までの小泉前首相の式辞を踏襲。

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首相「加害責任を反省」 62回目の終戦記念日
    朝日新聞 2007年08月15日12時26分

 62回目の終戦記念日を迎えた15日、安倍首相は政府主催の全国戦没者追悼式で、アジア諸国への加害責任について「深い反省」と、犠牲者への「哀悼の意」を示し、「不戦の誓いを堅持する」と表明した。一方、靖国神社には午前の時点で、超党派の国会議員らが参拝した。首相やすべての閣僚が同日の参拝について控える考えを示していたが、当日になって高市内閣府特命相が午後に参拝する意向を周辺に伝えた。「美しい国」「戦後レジームからの脱却」を掲げてきた安倍政権だが、参院選大敗で政権基盤が弱体化したことも手伝って、首相に加え、閣僚までもが参拝への態度をあいまいにする異例の形となった。

 今年の終戦記念日の靖国参拝をめぐり、全閣僚が事前に「予定はない」などと間接的な表現ながら控える考えを示していた。高市氏も10日の記者会見で「15日にはこだわっていない。15日は今年ちょっと難しい」と語り、15日午前の閣議後の記者会見でも「静かに社頭で祈りを捧げられる状況じゃない」としていたが、その後になって「警備上問題がない」(周辺)として、午後に参拝する日程を追加した。

 戦没者追悼式は、東京都千代田区の日本武道館で午前11時51分に開始。全国の遺族ら約5200人(付き添い含む)と、天皇、皇后両陛下、衆参両院議長ら各界代表を合わせて約6000人が参列し、戦没者の冥福を祈った。

 「君が代」斉唱に続く式辞で、安倍首相は戦没者の犠牲に触れる一方、「我が国は、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた。国民を代表して、深い反省とともに、犠牲となった方々に謹んで哀悼の意を表す」と表明。そのうえで、「不戦の誓いを堅持し、国際社会の先頭に立ち、世界の恒久平和の確立に積極的に貢献していくことを誓う」と述べた。

 「不戦の誓いを堅持」との文言は、小泉前首相が式辞で使ってきたものを受け継いだ。

 その後、正午に参列者が黙祷(もくとう)。続いて天皇陛下が「おことば」を述べた。

 追悼の対象は、旧日本軍、軍属の戦死者ら約230万人と、空襲などで亡くなった民間人約80万人の計310万人。軍人、軍属には、台湾や朝鮮半島出身者も含まれる。

 父・由(よし)之助さんが中国山西省で戦死した、高桑国三さん(71)=秋田県男鹿市=が、遺族を代表し「戦争を知らない世代が国民の大多数を占め、悲惨な戦争体験の傷跡も次第に薄れつつある。今日の平和と繁栄は尊い礎の上にあることを再確認し、世界平和のため誠心誠意努力することを心から誓います」と追悼の辞を述べる。

 参列者は高齢化と世代交代が年々進んでいる。戦没者の妻は10年前の97年は1189人で全体の23.4%を占めたが、今年は過去最少の110人で2.2%まで減った。一方、戦後生まれの参列者は、昨年の187人を上回る213人で過去最高となった。

 最高齢は101歳の松岡コトさん=東京都杉並区=で、長男・欣平(きんぺい)さんが出征先のビルマ(現ミャンマー)で戦死した。最年少は高知市の中屋穂香(ほのか)さん(10)。曽祖父・豊信さんが、中国・海南島から帰還途中の船上で爆撃を受け戦死した。


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