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政治関連・社会問題などについて書いてゆきます!

【真実を捏造したのは歴史修正主義者たちだった】 植村隆さん講演会

2019年8月5日(月)

 きのうお昼12時からの小笠原みどりさんの講演会に続いて、
その会場から歩いて5分ほどのところにある『都久志会館』で
午後2時から開催された元朝日新聞記者の植村隆さんの講演会
に参加しました。
5時前までの長丁場でしたが、みなさん最後まで聴いていました!

題して

『歴史修正主義者と闘うジャーナリスト・植村隆氏 の報告』

【真実を捏造したのは歴史修正主義者たちだった】

いわゆる慰安婦(韓国では「挺身隊」と呼称している)問題を
朝日新聞に掲載した二十数年後に言われない捏造攻撃で
世間の執拗なバッシングを受けた経験を熱く語られました。

熱の入れようは配布資料にも。
数十ページに亙る関係資料が配付され要綱を説明されました。

75席配置された会議室に100名の参加と云うことで、立ち見も続出。

以下、講演の模様をリアルタイム iPad 入力で御紹介します。


植村隆さん講演会2019年8月4日(日)

『歴史修正主義者と闘うジャーナリスト・植村隆氏 の報告』

【真実を捏造したのは歴史修正主義者たちだった】

2019年8月4日(日)

まず最初に
ドキュメンタリー映画【標的】ダイジェスト版(未完成版)上映。
元RKB毎日記者 西嶋真司さんが制作
「標的」と言うのは権力に抵抗すると標的にされて攻撃を受けると言うこと。

【標的】ダイジェスト版上映終了後、パソコンセッティングのため10分ほど休憩
その間に植村さんより
私の記事が掲載されている週間金曜日を持って来ているのでどうぞお買上げください。

植村隆さん講演 14:40 から

20190804_Uemura_00.jpg

私が直面した事態を中心にお話ししたいと思います。

本日配付した資料の構成を説明。

戦後45年経っていた当時でさえ誰も名乗り出る人はいなかった。
近い人には『挺身隊』出会ったことを話す人は居たが、
取材に応じる人は居なかった。
差別や蔑み、家族や子ども孫にまで差別が起こる可能性がある。

20190804_Uemura_01.jpg
  (写真は雰囲気紹介で、話のストーリーに直接関係ありません)

その後も韓国を訪問して接触を試みたが本人のインタビューはできなかった。

梨花女子大の先生から話を聴き、映像を見せてもらった。

大阪に帰った後に、本人が名乗り出て記者会見。

20190804_Uemura_02.jpg


北海道新聞では1991年8月15日付けで掲載。
植村の記事を 見て書いたのでは無く、独自の記事で
植村と殆ど同じ内容だった。

資料映像上映。【終わらない戦争】
その中で、上記の記者会見の様子を引用。

これを機会に沈黙していた女性が次々と証言し始めた。

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早稲田の学生の時に韓国に行ったのが初めての海外旅行だった。
1981年9月のこと。
庶民は暖かくて親切だった。
隣国に学生たちに反日感情は持っていなかった。
メディアの報道と現地の感触は全く違っていた。

学生時代に仲間たちと早稲田ジャーナルを発行していた。
1970年台後半のこと。
コンピュータの無かった時代。
その頃から新聞記者を志望し始めた。

20190804_Uemura_04.jpg


1980年代に金大中事件、光州事件が発生。
まだ学生だったが、集会やデモに参加していた。

1981年1月27日に朝日新聞に投書し採用された。

朝日新聞に入社し、1987年に1年間語学留学で派遣。
記事を書かなくて良く酒飲んで旅行していろんな人とはなして・・・
金大中さんに表敬訪問して面談。
見聞録を手書きで作成『ソウル遊学生通信』

その後ソウル特派員になり、1997年の大統領選挙で
『金大中氏が当選へ』 の1面トップ記事を書いた!

20190804_Uemura_05.jpg


1998年10月に金大中氏が小渕総理と会談。
日韓関係の改革を合意『パートナーシップ協定』

『報道することの良心』と言う言葉を金大中氏から頂いた。

その後、大阪支局に配属された。
生野区に住んでいたが在日の方々の多い地域だった。

大阪支局で『イウサラム』(隣人)と言うコラムを連載した。

日本語は話せるが読めない方が多かった。
病院と言う文字の意味が解らない。

そう言う交流の中で『挺身隊』の存在を知り取材することになった。

坂本龍馬の甥の話。
自由民権運動に関与し運動は敗北。
北海道に渡り牧師となり人の為に尽くした。
その人を取材したいと朝日新聞を退社し
北海道大学に勤めた矢先に朝日新聞の慰安婦記事が
『捏造』攻撃が突然発生!
北海道大学にも非難の嵐が来て、辞した。
北西大学の非常勤講師であったが其処にも非難の嵐が!
しかし、其処では『植村を護れ』と言う声が強かった。

2014年 の夏には、朝日新聞に掲載された吉田証言が事実と異なる事を
朝日新聞が認めて謝罪。

植村の記事は吉田証言とは全く関係無いのに同様にバッシングを受けた。

私の娘を殺すとのバッシングが起こり拡散された。
ありもしない事を誹謗中傷され拡散された。

20190804_Uemura_06.jpg


娘さんの裁判は勝利した。
拡散した犯人は有罪となったが櫻井よしこなど元の発信者は無罪放免。

東亜日報の記事 1991年1月

植村氏だけが標的とされた。

慰安婦の人権侵害が問題なのに植村氏の記事を標的にしている。

ジャーナリスト青木理さんの著作 植村さんへのインタビューを構成。

東京は170人くらいの弁護団
北海道では109人の弁護団を組織し
櫻井よしこ氏や出版社を相手取り名誉毀損裁判を提訴。

1993年 河野洋平官房長官談話

1997年の全ての歴史教科書に慰安婦問題の記述が出る。

一方、安倍晋三を含む自民党若手議員が教科書問題を叫び出す。
1997年12月23日発行の雑誌での発言。

2018年の東京地裁、札幌地裁判決も不当判決!

本人に取材もしていないのに、『捏造と信じても仕方ない』との立場。

2016年3月19日 産経新聞
唯一慰安婦の記述がある『学び者』の教科書を有名校が採択の批判的記事。


20190804_Uemura_07.jpg 

愛知県で行われている
トリエンナーレ【表現の不自由展】へのテロ予告で開催中止。

『記憶されない歴史は繰り返される』
今、記憶はテロに晒されている。

週刊金曜日は、朝日ジャーナル廃刊を機に本多勝一さん
筑紫哲也さんなどを中心に発足された権力に屈しない雑誌。
今や発行部数1万程度に低迷して危機的状況。


月一回金曜ジャーナリスト塾を開催して
若手ジャーナリストの啓発の場にしている。

20190804_Uemura_08.jpg

日本のキャンパスでは教える機会は無かったが、
今はリベラルジャーナリストを養成する場を得ている。

以上。
(話の脈絡が順序立たず行ったり来たりしているのは御本人の話しが
 そういう感じで時系列的な話し方では無かったから)



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テーマ:従軍慰安婦性奴隷制問題 - ジャンル:政治・経済

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