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「九電記念体育館」跡地で帰還特攻隊員を隔離差別した【振武寮】発掘を!

2019年4月18日(木)

今朝の西日本新聞 第13面記事から

特攻機の不調などにより特攻攻撃に『失敗』した特攻隊員(帰還特攻隊員)を
人目に触れないように隔離した【振武寮】については聞いていましたが
大きな新聞記事になったのは初めてでは?

「寄稿」記事扱いではありますが、これを掲載した西日本新聞の心意気を感じます。

老朽化や耐震強度問題などで取り壊しが決まった「九電記念体育館」跡地を
発掘調査することによって、この区域にあった元福岡女学院の寄宿舎を陸軍が
接収し転用した特攻隊員向けの【振武寮】に関する遺物が発見される可能性が!

【振武寮】に収容された『帰還特攻隊員』に関して、終戦前後に機密保持のために
破棄されたり遺棄され埋められた可能性のある重要な遺物や資料が
発掘されることが期待されている、とのこと。


Nishinippon_20190418-01.jpg

【関連記事】

西日本新聞のWEBサイトで 【振武寮】 で検索してみた処、当該の記事は
まだUPされておらず、用語解説として2018年8月18日の記事がありました。

Word BOX 【振武寮】 
西日本新聞 - 2018年8月18日

 福岡市中央区薬院にあった旧陸軍の秘密施設。沖縄特攻作戦を指揮した第6航空軍司令部のそばにあり、1945年5月以降、特攻出撃の途中で不時着したり、迎撃されたりして任務を果たせないまま帰還した隊員を収容した。再出撃への再教育という名目と実態は懸け離れており、軍上層部は収容者に「命が惜しいのか」などの罵倒や殴打を繰り返し、自殺者も出たとされる。

2018年08月18日更新



【関連図書】

陸軍特攻振武寮 生還した特攻隊員の収容施設
林 えいだい(著) (光人社NF文庫) 2009/11/20

要旨
特攻隊員は生きて帰ってはならない―戦争末期、沖縄の米軍に特攻攻撃を行なうため発足した陸軍第六航空軍で編成された振武隊。上層部の無謀な命令で旧式機や訓練機で出撃せざるをえなかった特攻隊員の心情はいかなるものだったのか。そして、体当たりを断念し、帰還した彼らが収容された『振武寮』の実態とは。



特攻隊振武寮 帰還兵は地獄を見た
大貫 健一郎、渡辺 考(著) (朝日文庫)  2018/08/30

要旨
太平洋戦争末期に、特攻帰還者を幽閉する「振武寮」という施設があった。そこでは上官が帰還兵を殴打し、怒声を浴びせ、再び生きて戻ることは許されない、と思わせる精神教育が行われた。元特攻隊員が、その知られざる内幕を語る驚愕のノンフィクション。



不死身の特攻兵
鴻上 尚史(著)  (講談社現代新書)  2017/11/16

要旨
1944年11月の第一回の特攻作戦から、9回の出撃。陸軍参謀に「必ず死んでこい!」と言われながら、命令に背き、生還を果たした特攻兵がいた。
太平洋戦争の末期に実施された”特別攻撃隊”。戦死を前提とする攻撃によって、若者たちが命を落としていった。
だが、陸軍第一回の特攻から計9回の出撃をし、9回生還した特攻兵がいた。その特攻兵、佐々木友次氏は、戦後の日本を生き抜き2016年2月に亡くなった。
鴻上尚史氏が生前の佐々木氏本人へインタビュー。
飛行機がただ好きだった男が、なぜ、軍では絶対である上官の命令に背き、命の尊厳を守りぬけたのか。





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