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政治関連・社会問題などについて書いてゆきます!

30年前の『昭和』から『平成』への元号改訂時の資料が新たに発見!

2019年2月18日(月)

前回の昭和から平成への改元(1989年)の随分前から
学者を交えて検討されてきた『新元号』の検討過程の
一端が目加田誠・九州大名誉教授の遺品から発見された!

西日本新聞の記事から

 1989年の平成への改元で、新元号案の考案者の一人だった故目加田(めかだ)誠・九州大名誉教授(中国文学)の推敲(すいこう)用手書きメモが福岡県大野城市の自宅で見つかった。メモには少なくとも20案が記され、このうち「修文(しゅうぶん)」は「平成」「正化(せいか)」とともに最終3案に残った。研究者は「元号の考案過程を知る非常に重要な資料」と評価している。



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平成へ改元の元号20候補 大野城の自宅にメモ
 故目加田誠・九州大名誉教授が推敲

 西日本新聞 - 2019年02月17日

 1989年の平成への改元で、新元号案の考案者の一人だった故目加田(めかだ)誠・九州大名誉教授(中国文学)の推敲(すいこう)用手書きメモが福岡県大野城市の自宅で見つかった。メモには少なくとも20案が記され、このうち「修文(しゅうぶん)」は「平成」「正化(せいか)」とともに最終3案に残った。研究者は「元号の考案過程を知る非常に重要な資料」と評価している。

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 目加田氏は、中国最古の詩集「詩経」を日本で初めて現代口語訳したことで知られる。メモは計9枚。原稿用紙や便箋に万年筆や鉛筆などで手書きしていた。

 記された元号案は「修文」や「天昌(てんしょう)」「靖和(せいわ)」「普徳(ふとく)」など計20案。このうち10案については「詩経」のほか、同じく中国の古典である「書経」「易経」から引用しており、社会の理想を表すものが多い。

 赤のボールペンで案を丸で囲んだり、一度書いた案を消したりするなど、推敲の過程がうかがえる。

 目加田氏は1994年に亡くなった後、遺族が大野城市に蔵書1万6千冊を寄贈した。市の担当者が2011年に目加田氏の自宅で蔵書を整理していた時、メモを発見したという。

 市は、目加田氏と親しかった竹村則行・九州大名誉教授(同)に解析を依頼、筆跡などから直筆メモと判断した。竹村氏は「『修文』は武器を捨て、文化や学問を身に付ける、の意。メモが残っていたのは奇跡的で、推敲を重ねた先生の真心が見える」と語った。

 市は3月1日から5月26日まで、市役所近くの「大野城心のふるさと館」でメモを公開する。

    ◇      ◇

■非常に重要な発見

 元号に詳しい京都産業大の所功(ところ・いさお)名誉教授(日本法制文化史)の話 新元号案を選ぶ過程が分かる資料は初めてで、非常に重要な発見だ。目加田誠氏が新元号案の一つ「修文」の考案者であることは知られていたが、出典や文字を選んだ理由は明らかになっていなかった。(政府の元号選定要領には既存の元号や俗用の言葉は避けるとあるが)中には先例や俗用に該当する文字もあり、学者は「純粋にいい案を出す」ことを依頼され、先例や俗用の確認は政府側が担う、と役割分担されていたのが読み取れる。

=2019/02/17付 西日本新聞朝刊=



平成改元、見送りの20案 九州大名誉教授の肉筆メモ発見
 西日本新聞 - 2019年02月16日
 

 昭和天皇逝去に伴う1989年の改元で、政府から新元号案づくりを依頼された一人とされる故目加田誠・九州大名誉教授(中国文学)が案を記した、肉筆メモが見つかった。走り書きのため読み解けないものもあるが、最終段階で採用が見送られたという「修文」を含む20案が確認できる。メモを所蔵する福岡県大野城市は「知られずにいた多数の元号案の存在が分かる、貴重な史料」としている。

 大野城市によると、メモは原稿用紙と便箋計9枚。万年筆などで書いた「大成」「天昌」といった案が並んでいた。出典や該当部分の漢文が添えられていたり、優先順位とみられる番号が振られていたりしている。



平成改元
元号案20超 考案者メモ発見、選定の一端判明

 毎日新聞 - 2019年2月17日

 1989年の平成への改元で、考案者の一人だった目加田(めかだ)誠九州大名誉教授(94年に死去)が生前に残した元号案を推敲(すいこう)したとみられるメモが見つかった。政府の最終案に残った「修文(しゅうぶん)」のほか、「普徳(ふとく)」「靖之(せいし)」など20を超える案が手書きで記されている。最終的に採用されなかったが、政府が現在も公表していない平成の選定過程の一端を示す貴重な史料だ。

 目加田氏の自宅があった福岡県大野城市が2011年秋ごろ、遺族から寄贈の相談があった遺品を整理してい…(以下略;会員限定有料記事)




「修文」「普徳」「天昌」など、
平成改元時の元号候補20案、目加田名誉教授のメモ発見

毎日新聞 ー 2019年2月16日(土)

 目加田氏の自宅があった福岡県大野城市が2011年秋ごろ、遺族から寄贈の相談があった遺品を整理していた際に見つけた。市は目加田氏と親交のあった竹村則行・九州大名誉教授(中国文学)と共同で内容を分析し、筆跡などから目加田氏のメモだと判断した。

 便箋と原稿用紙など9枚に、解読できないものも含めて20を超える案が書かれていた。このうち「普徳」「靖之」「靖和」「天昌」「修文」など10案には、出典とその該当部分も記され、政府への提出に先立つ最終段階の案とみられる。目加田氏は中国最古の詩集「詩経」の専門家。10案のうち4案の出典は詩経で、残りは儒教経典の「書経」(5案)と「易経」(1案)。いずれも元号での引用数が多く、目加田氏が自らの専門分野を生かしながらオーソドックスな漢籍から選んだことがうかがえる。「修文」の出典となった書経の一節は「武事をやめて文事を整える」との意味があり、竹村氏は「戦争を体験されたので、平和や安全を祈る意味を込めたのではないか。最終選定に至る大変な苦労が分かる」としている。

 前回の改元は学者から集めた「平成」「修文」「正化」の3案を、有識者懇談会などに諮って決定した。当時の元号担当だった的場順三内閣内政審議室長によると、「平成」は山本達郎東京大名誉教授(東洋史)、「修文」は目加田氏、「正化」は宇野精一東京大名誉教授(中国哲学)の案。前任の学者が死去したことを受けて目加田氏が考案を依頼された経緯から、メモは87~88年ごろに書かれたとみられる。


新元号 良い意味、漢字2字…
6条件沿う案で絞り込み 選定作業本格化

毎日新聞 ー 2019年2月8日



代替わりへ:改元と記録/上
 「平成」考案者は誰 文書公開なく臆測

毎日新聞 ー 2019年1月21日


代替わりへ:改元と記録/中
 江戸以前、議論を継承

毎日新聞 ー 2019年1月22日



代替わりへ:改元と記録/下
 大正の「教訓」昭和に 選定の過程、克明に記録

毎日新聞 ー 2019年1月24日


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