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政治関連・社会問題などについて書いてゆきます!

沖縄 『慰霊の日』 中学生が感動的なメッセージ!

2018年6月23日(土)

今日6月23日は、沖縄での戦闘で日本軍の司令官が自害して抵抗が終結した日。
これを『沖縄 慰霊の日』として、日本政府も沖縄県も犠牲者を悼む日である。

テレビニュースによれば、その時小学生だった人々も家族の犠牲を
今も涙で振り返っている。
そして誰もが「戦争は二度としてはいけない」と切実に語る!

NHKーNEWSでは、翁長沖縄県知事の訴えとともに安倍総理の挨拶も短く紹介
していたが実際にやっている強引な手法とは裏腹で空虚な内容だった。

一方そのNHKーNEWSでは、中学生のメッセージを慰霊する人々の映像も
織り込みながら紹介していたが、感動的で力強い内容だった!



‪沖縄慰霊の日:継ぐ祈り、問う基地負担 戦後73年

 毎日新聞 - 2018年6月23日(土)‬
‪https://mainichi.jp/articles/20180623/k00/00e/040/297000c‬



‪献花を終えた沖縄県の中学生ら

 ‪時事ドットコム - 2018年6月23日(土)‬
‪https://www.jiji.com/jc/p?id=20180623134312-0027432464

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「命輝かせて生きる」 相良さん「平和の詩」朗読 沖縄全戦没者追悼式

 沖縄タイムス+プラス - 2018年6月24日(日) 9時54分
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/272074

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「今を、生きていく」 相良さん、平和の詩朗読

 琉球新報 - 2018年6月24日 10時06分
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-745211.html

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「命輝かせ生きる」 平和の詩 相良さん(港川中)思い語る

 琉球新報 - 2018年6月13日
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-737498.html

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生への思い、時と国超えて 慰霊の日追悼式

「平和の詩」に相良倫子さん作品
 沖縄タイムス+プラス ニュース - 2018年6月9日
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/264762




【動画】沖縄全戦没者追悼式 糸満市摩文仁の平和祈念公園

 琉球新報 - 2018年6月23日(土)
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-744805.html

動画の48分頃から55分頃までが相良倫子さんの 【平和の詩】
この長い文章の原稿をを全く見ず、自らの想いを
参列者に向かって力強く呼び掛けている!

そのすぐ後が安倍総理の空虚な話とは対照的!


‪追悼の詩全文=沖縄慰霊の日‬

‪ 時事ドットコム - 2018年6月23日(土)‬
‪https://www.jiji.com/jc/article?k=2018062300320&g=soc

沖縄県主催の沖縄全戦没者追悼式で、浦添市立港川中学校3年の
相良倫子さん(14)が朗読した詩「生きる」の全文は次の通り。
 (沖縄県平和祈念資料館提供。表記は原文のまま)

私は、生きている。
マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、
心地よい湿気を孕んだ風を全身に受け、
草の匂いを鼻孔に感じ、
遠くから聞こえてくる潮騒に耳を傾けて。

私は今、生きている。

私の生きるこの島は、
何と美しい島だろう。
青く輝く海、
岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波、
山羊の嘶き、
小川のせせらぎ、
畑に続く小道、
萌え出づる山の緑、
優しい三線の響き、
照りつける太陽の光。

私はなんと美しい島に、
生まれ育ったのだろう。

ありったけの私の感覚器で、感受性で、
島を感じる。心がじわりと熱くなる。

私はこの瞬間を、生きている。

この瞬間の素晴らしさが
この瞬間の愛おしさが
今と言う安らぎとなり
私の中に広がりゆく。

たまらなく込み上げるこの気持ちを
どう表現しよう。
大切な今よ
かけがえのない今よ

私の生きる、この今よ。

七十三年前、
私の愛する島が、死の島と化したあの日。
小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。
優しく響く三線は、爆撃の轟に消えた。
青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。
草の匂いは死臭で濁り、
光り輝いていた海の水面は、
戦艦で埋め尽くされた。
火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、
燃えつくされた民家、火薬の匂い。
着弾に揺れる大地。血に染まった海。
魑魅魍魎の如く、姿を変えた人々。
阿鼻叫喚の壮絶な戦の記憶。

みんな、生きていたのだ。
私と何も変わらない、
懸命に生きる命だったのだ。
彼らの人生を、それぞれの未来を。
疑うことなく、思い描いていたんだ。
家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。
仕事があった。生きがいがあった。
日々の小さな幸せを喜んだ。手をとり合って生きてきた、私と同じ、人間だった。
それなのに。
壊されて、奪われた。
生きた時代が違う。ただ、それだけで。
無辜の命を。あたり前に生きていた、あの日々を。

摩文仁の丘。眼下に広がる穏やかな海。
悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。
私は手を強く握り、誓う。
奪われた命に想いを馳せて、
心から、誓う。

私が生きている限り、
こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。
もう二度と過去を未来にしないこと。
全ての人間が、国境を越え、人種を越え、
宗教を越え、あらゆる利害を越えて、平和である世界を目指すこと。
生きる事、命を大切にできることを、
誰からも侵されない世界を創ること。
平和を創造する努力を、厭わないことを。

あなたも、感じるだろう。
この島の美しさを。
あなたも、知っているだろう。
この島の悲しみを。
そして、あなたも、
私と同じこの瞬間(とき)を
一緒に生きているのだ。

今を一緒に、生きているのだ。

だから、きっとわかるはずなんだ。
戦争の無意味さを。本当の平和を。
頭じゃなくて、その心で。
戦力という愚かな力を持つことで、
得られる平和など、本当は無いことを。
平和とは、あたり前に生きること。
その命を精一杯輝かせて生きることだということを。

私は、今を生きている。
みんなと一緒に。
そして、これからも生きていく。
一日一日を大切に。
平和を想って。平和を祈って。
なぜなら、未来は、
この瞬間の延長線上にあるからだ。
つまり、未来は、今なんだ。

大好きな、私の島。
誇り高き、みんなの島。
そして、この島に生きる、すべての命。
私と共に今を生きる、私の友。私の家族。

これからも、共に生きてゆこう。
この青に囲まれた美しい故郷から。
真の平和を発進しよう。
一人一人が立ち上がって、
みんなで未来を歩んでいこう。

摩文仁の丘の風に吹かれ、
私の命が鳴っている。
過去と現在、未来の共鳴。
鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。
命よ響け。生きゆく未来に。
私は今を、生きていく。
(2018/06/23-12:56)





‪沖縄慰霊の日、平和誓う=翁長氏は辺野古移設批判

‪ 時事ドットコム - 2018年6月23日(土)‬
‪https://www.jiji.com/jc/article?k=2018062300193&g=soc ‬






沖縄慰霊の日:継ぐ祈り、問う基地負担 戦後73年

 毎日新聞 - 2018年6月23日(土)‬
‪https://mainichi.jp/articles/20180623/k00/00e/040/297000c‬

 沖縄は23日、太平洋戦争末期の沖縄戦などの犠牲者を追悼する「慰霊の日」を迎えた。戦後73年。最後の激戦地となった沖縄県糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園では、県と県議会主催の「沖縄全戦没者追悼式」があった。翁長雄志(おなが・たけし)知事は平和宣言で、米朝首脳会談など安全保障環境の変化に触れ、政府が進める米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への県内移設を「沖縄の基地負担軽減ばかりでなく、アジアの緊張緩和の流れにも逆行し、全く容認できない」と厳しく批判し、移設阻止の姿勢を改めて示した。

 12月に任期満了を迎える翁長知事にとって、1期目最後の平和宣言。8月中旬にも辺野古沿岸部への土砂投入が迫る中、4年連続で辺野古移設への反対を宣言の中心に据えた。

 翁長知事は平和宣言で、6月12日の米朝首脳会談を「東アジアの緊張緩和に向けた動き」と評価。辺野古移設について「平和を求める大きな流れの中で、20年以上も前に合意した辺野古移設が普天間飛行場問題の唯一の解決策と言えるのか。日米両政府は計画を見直すべきではないか」と問いかけた。移設阻止の決意は「これからもみじんも揺らがない」と強調した。

 沖縄では昨年10月に東村高江で米軍大型ヘリコプターが炎上。昨年12月にも普天間飛行場に隣接する小学校の校庭に米軍大型ヘリの窓が落下するなど、米軍機の事故が相次いでいる。翁長知事は、戦後73年の今も国土面積の約0.6%の沖縄に米軍専用施設の約70%が集中している現状を指摘し、「県民は、広大な基地から派生する事件事故や騒音などに苦しみ、悩まされ続けている」と訴えた。

 追悼式には翁長知事のほか、安倍晋三首相や遺族らが参列し、正午に1分間黙とうした。

 安倍首相は「私たちが享受する平和と繁栄は、沖縄の人々の筆舌に尽くしがたい困難と癒えることのない深い悲しみの上にある」とあいさつ。「沖縄の基地負担軽減に全力を尽くす」と強調した。辺野古移設については今年も触れなかった。

 平和祈念公園にある、沖縄戦などの戦没者の名を国籍や民間人、軍人の区別なく刻んだ「平和の礎(いしじ)」には、新たに58人の名前が追加刻銘された。削除者も1人いて、総刻銘数は24万1525人となった。【遠藤孝康】

沖縄戦

 米軍は1945年3月26日に沖縄・慶良間諸島、4月1日に沖縄本島中部の西海岸に上陸。日本軍が本土防衛の時間稼ぎのために持久作戦を展開し、多くの住民を巻き込んだ地上戦が約3カ月続いた。家族同士で手にかけ合うなどの集団自決も各地で起きた。6月23日に日本軍の司令官が自決し、組織的戦闘が終わったとされる。沖縄県によると、日米の軍人らも合わせた死者は計約20万人に上り、県民の4人に1人が犠牲になったとされる。沖縄は戦後、72年の本土復帰まで27年間にわたって米国統治下に置かれ、占領や土地の強制収用で造られた米軍基地が今も多く残る。




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‪沖縄慰霊の日、平和誓う=翁長氏は辺野古移設批判

‪ 時事ドットコム - 2018年6月23日(土)‬
‪https://www.jiji.com/jc/article?k=2018062300193&g=soc

 沖縄は23日、太平洋戦争末期の地上戦で犠牲となった多くの住民らを悼む「慰霊の日」を迎えた。73年前の沖縄戦で最後の激戦地となった糸満市摩文仁の平和祈念公園では、県主催の沖縄全戦没者追悼式が開かれ、平和への誓いを新たにした。

〔写真特集〕沖縄戦~降り注ぐ「鉄の雨」、火炎放射~

 式典で翁長雄志知事は、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設について、「アジアの緊張緩和の流れに逆行している」と批判し、政府に移設計画の見直しを求めた。
 追悼式には、安倍晋三首相や衆参両院議長ら5100人が出席。犠牲者の冥福を祈り、正午に1分間の黙とうをささげた。

沖縄全戦没者追悼式で平和宣言を読み上げる沖縄県の翁長雄志知事=23日午後、同県糸満市の平和祈念公園
 翁長氏は平和宣言で、米朝首脳会談の実現に触れ、「東アジアをめぐる安全保障環境は大きく変化し、緊張緩和に向けた動きが始まっている」と指摘。「20年以上も前に合意した辺野古移設が普天間問題の唯一の解決策と言えるのか」と訴えた。
 その上で、「辺野古に新基地を造らせないという私の決意は県民とともにあり、みじんも揺らぐことはない」と強調した。沖縄の基地の現状や日米安全保障体制について、国民的議論を求めた。

沖縄全戦没者追悼式であいさつする安倍晋三首相=23日午後、沖縄県糸満市の平和祈念公園
 首相はあいさつで、米軍基地の返還を進めてきた実績を挙げ、「『できることは全て行う』の方針の下、沖縄の基地負担軽減に全力を尽くす」と語った。
 浦添市立港川中3年の相良倫子さん(14)が自作の詩「生きる」を朗読。当たり前に生きられる平和な世界の実現を呼び掛けた。
 73年前の6月23日は、国内最大の地上戦となった沖縄戦で組織的戦闘が終結した日とされ、沖縄県では休日となっている。犠牲者の名を刻んだ同公園内の「平和の礎(いしじ)」には、今年新たに58人が追加され、刻銘者数は計24万1525人となった。(2018/06/23-13:09)





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テーマ:沖縄米軍基地問題 - ジャンル:政治・経済

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