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政治関連・社会問題などについて書いてゆきます!

やっぱり前原誠司の方から民進党解党を小池百合子に提示した!

2017年11月19日(日)

これは、今日の朝日新聞WEB版の記事。

朝日新聞は、リンクを張って引用しても 著作権云々とうるさいので
引用せず、リンクとリード文のみ提示。

しかし、どうせそんなことだろうと思っていたが、こうもリアルに描かれると
前原誠司の『犯罪性』と云うか、野党共闘への背信行為はあまりにも非道い!

その『謀議』(まさに謀議と云う他はない)には、連合会長の神津里季生
や、上杉隆氏も参加していた、とのこと。

おまけに上杉隆氏は話を進めるための提案も積極的に行っていたようだ。



朝日新聞(検証 民進分裂:上)‬
‪「排除」生んだ密談の夜 小池氏「護憲、遠慮願う」

‪ 朝日新聞デジタル ー 2017年11月19日(日) 05時00分‬
‪ 

 「民進党を解党したい。民進の衆院議員は、希望の党に公認申請させます」

 「それでいきましょう」

 東京・内幸町の帝国ホテル。民進党代表の前原誠司の提案に、東京都知事の小池百合子が同意した。傍らには、連合会長の神津里季生(りきお)や、小池に近いネットメディア会社代表の上杉隆もいた。


  (以下略) 



【関連記事】

こちらのリンクの方が、無料閲覧できる範囲が広いようです。
内容は、ほぼ同じですが、一部異なります。

小池氏「護憲、遠慮願う」前原氏「当たり前」深夜の密談
 朝日新聞:石井潤一郎、斉藤太郎、南彰 - 2017年11月19日05時26分





11月20日追記

(検証 民進分裂:中)
 知事当選直後「党名は希望」 小池氏、3都構想は頓挫

 2017年11月20日05時00分
 

 7月の東京都議選で、都知事の小池百合子率いる「都民ファーストの会」が躍進すると間もなく、若狭勝や細野豪志ら国会議員が東京・本郷の「鳩山ビル」の一室に集まるようになった。

 後に、小池が立ち上げる新党「希望の党」の結党メンバーたちが衆院選戦略を練る拠点だった。

 小池の国政進出計画は、初当選を果たした昨年7月の都知事選後から動き出した。小池は周辺に「政党名を『希望の党』にしたい」と意欲を示し、10月に自らが塾長を務める政治塾「希望の塾」を開講した。

 今年2月には「希望の党」の商標登録を出願。8月に入ると、衆院選で掲げる政策の取りまとめや、新党のPR動画の作成準備に入った。若狭と細野を中心に、9月時点で独自候補約70人の選定を終えていたという。

 小池の念頭にあったのは、東京、大阪、愛知の3知事が連携して、地方自治のトップとして国政に挑む構図だった。都知事選や都議選のような旋風を起こして、3大都市圏で一定の勢力を得る。さらに2019年参院選と、その前後の衆院選で政権獲得を目指す――という構想だ。

 9月17日に臨時国会冒頭での衆院解散の可能性が報じられると、小池は東京・丸の内のパレスホテルで、愛知県知事の大村秀章と秘密裏に会談。「3都で連携して、地方自治を訴えませんか」と切り出した。大村も5月ごろから、細野ら東海地方が地盤の国会議員らと会合を重ね、地域政党の立ち上げを模索していた。

 小池は、日本維新の会代表で大阪府知事の松井一郎とも連携交渉を進め、9月30日には3人で記者会見。地方分権や成長戦略の共通政策をまとめ、衆院選での協力を申し合わせたことを明らかにした。だが、希望が失速するなか、大村が戦線から離脱し、小池のねらいは頓挫した。

 そもそもの構想では、政権を狙うのは「次の次」の衆院選だった。今回の選挙で議席を得た7割以上が民進からの合流組だったとはいえ、後任代表の玉木雄一郎は小池路線の継承を明確にし、執行部の枢要な役職を結党メンバーが占めた。

 小池は再び都政に専念し始めた。代表辞任直後にあった都民ファーストの政治資金パーティーで、記者団に語った。「これまで国には私関係の議員はゼロだった。これからは50人の希望のみなさんがいろんな意味で頑張ってくれる」

解党し再編、前原氏の執念
 「民主党をリセットし、新たな旗のもとに集まった方がよかった」

 衆院解散報道が出る前の8月半ば。民進党代表選に挑む決意を固めていた前原誠司は、昨年の民進結成当時を振り返って、野党再編への執念を周囲に語った。民進は、民主を母体に、維新の党の議員らが合流する形で再出発していた。

 前原は旧民主党政権の負のイメージは払拭(ふっしょく)しがたいと考えていた。15年にも、民主と維新を解党したうえで、新たな結集を図る道を同僚の細野や維新にいた江田憲司と画策し、当時の民主代表、岡田克也と幹事長の枝野幸男に封じられた過去があった。

 代表選は、都議選で都民ファーストに大敗を喫した蓮舫代表の辞任に伴うものだった。共産党を含む野党共闘の継続を訴える枝野に対して、前原は見直しを主張。次の衆院選を見すえて、小池との連携に期待を抱く議員らが前原を代表の座に押し上げた。

 9月初めに代表に就いた前原は枝野を執行部に起用した。記者会見では、野党共闘に慎重な姿勢を示しつつ、「代表は独裁者ではないので執行部のなかで議論していきたい」とも述べた。ところが、周辺には「共産党と組んだら、死んでも死にきれない」と話していた。

 前原の地元・京都は、1970年代まで革新府政が7期28年続いた共産の牙城(がじょう)。共産としのぎを削る政治家人生を歩んできた。外交・安全保障をライフワークとしてきた自負もある。日米安保条約の破棄を唱える共産との連携は避けたかった。

 党役員室長に登用した側近の小川淳也からは、「共産を含めて今の野党が一本化し、安倍政権を迎え撃つのがオーソドックスだと思います」と進言された。だが、前原の視野にあったのは、細野や若狭の先にいる保守政治家の小池だった。

 政界再編論者で、民進を離れていた衆院議員の長島昭久には「何のために代表になっているのかわかっている」と伝えていた。かつての政界再編の立役者、自由党代表の小沢一郎には「最後の民進党の代表になります」と決意を語っていた。

 民進分裂により、思い通りの再編がかなわず、前原はいま党内外から「戦犯」と指弾されている。それでも、今月16日に出演したBS番組では、こう強調した。「私は一貫してこの判断は間違ってはいない、この判断しかなかったと、いまでも思っていますよ。それは強い確信で」=敬称略

 (石井潤一郎、斉藤太郎)




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テーマ:小池百合子 - ジャンル:政治・経済

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