JUNSKY blog 2017

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坂本龍馬の未発見の書簡発見! 「新国家」 熱く語る!

2017年1月14日(土)

各紙・各テレビニュースなどで、大きく取り上げられたのが、このニュース!

坂本龍馬が暗殺される直前に書いた書簡が発見されたと云う。

以下は、今日の西日本新聞の記事から。

20170115031247c43.jpg

封筒には、いまや有名な坂本龍馬の変名 「才谷 楳太郎(梅太郎)」
と書いて、敵対勢力の追及をかわしながら、
手紙(書簡)本文末尾の署名は 「龍馬」 として、
相手に発信人(龍馬)を解らせるように考えているようだ!

     ***********

毎日新聞WEB版に掲載された書簡全文

 幕末の志士、坂本龍馬が慶応3(1867)年に京都で暗殺される
5日前に記した直筆の書簡が見つかった。

書簡の全文は以下の通り。
【封筒には龍馬の偽名が記されている】

一筆啓上仕候、

此度越前老侯

御上京相被成候段

千万の兵を得たる

心中に御座候、

先生ニも諸事

御尽力御察申上候、

然るに先頃御直ニ

申上置キ三岡

八郎兄の御上京

御出仕の一件ハ急を

用する事に存候得ハ、

何卒早々御裁可

あるへく奉願候、三岡

兄の御上京が一日

先に相成候得ハ

新国家の御家

計御成立が一日先に

相成候と奉存候、

唯此所一向ニ御尽力

奉願候

     誠恐謹言

十一月十日

         龍馬

中根先生

   左右

追白 今日永井玄蕃

頭方ニ罷出候得とも

御面会相不叶候、

談したき天下の

議論数々在之候ニテ

明日又罷出候所存ニ

     御座候得ハ

大兄御同行相叶候ハヽ

実ニ大幸の事ニ奉存候

         再拝

(封紙)

越前御藩邸

 中根雪江様 才谷楳太郎

       御直披

(封紙に付いた朱書の付箋)

「坂本先生遭難直前之

書状に而他見ヲ憚ルモノ也」




201701150312487dd.jpg



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こちらは、毎日新聞のWEB版から

坂本龍馬 暗殺5日前の書簡
 龍馬らしい行動力、表現 「新国家」へ熱い思い
毎日新聞 ー 2017年1月14日 東京朝刊

新たに見つかった坂本龍馬の書簡=東京都千代田区で2017年1月13日午前10時35分、竹内紀臣撮影
高知で公開へ
 高知県は13日、幕末の志士、坂本龍馬が慶応3(1867)年に京都で暗殺される5日前に記した直筆の書簡が見つかったと発表した。将軍、徳川慶喜の大政奉還を受けて福井藩の重臣に宛てた書簡で、「新国家の御家計(財政)」という言葉を使いながら同藩士の三岡八郎(後の由利公正)を新政府の財政担当者に出仕させるよう懇願。龍馬は「三岡の京都入りが1日遅れれば、新国家の財政成立は1日遅れてしまう」と強く訴えている。研究者は「『三岡が必要だ』という龍馬らしい行動力、説得力、勢いが、表現の強さから表れている。一級の史料」と話している。

 書簡は縦16センチ、横92センチで、11月10日の日付。京都の福井藩邸に滞在していた同藩重臣、中根雪江宛てで、本文中には「龍馬」の署名があった。

 書簡では、新政府の財政担当者に推挙していた三岡が幕府に強硬な姿勢だったとの理由から藩内で謹慎させられていることに、「三岡兄の御上京が一日先に相成候得ハ新国家の御家計御成立が一日先に相成候」と京都入りを強く求めている。龍馬の書簡で「新国家」という言葉が確認されたのも初めて。

 龍馬は10月30日に福井を訪れて三岡と面会。新政府の財政担当者には「三八(三岡)を置かバ他ニ人なかるべし」と評価したと記した別の書簡の草稿が存在しており、今回の書簡の発見で、龍馬の行動の研究が進展すると期待できる。

 書簡を鑑定した京都国立博物館の宮川禎一上席研究員は「『新国家』という言葉が幕末でどういう意味を持っていたかは検討が必要だが、恐らくは現代の意味の通り」と指摘する。高知県の尾崎正直知事も「龍馬が新たな時代をつくろうとしていた動きが分かる最重要史料。『新国家』に向けた意気込みが伝わってくる」と語った。

 三岡は龍馬が暗殺された翌月に京都に入り、新政府の五箇条の御誓文の起草に関わったほか、初期の財政も担当した。

 書簡は、高知県が開催する歴史博覧会「志国高知 幕末維新博」が開幕する3月4日から、県立高知城歴史博物館(高知市)で一般公開される。【錦織祐一、最上聡】

書簡の現代語訳(抜粋)
 一筆啓上差し上げます。

 この度、越前の老侯(松平春嶽)がご上京になられたことは千万の兵を得たような心持ちでございます。先生(中根雪江)にも諸事ご尽力くださったこととお察し申し上げます。しかしながら、先ごろ直接申し上げておきました三岡八郎兄のご上京、(新政府)ご出仕の一件は急を要することと思っておりますので、なにとぞ早々に(福井藩の)ご裁可が下りますよう願い奉ります。三岡兄のご上京が1日先になったならば、新国家の財政の成立が1日先になってしまうと考えられます。ただ、ここのところにひたすらご尽力をお願いいたします。

 誠恐謹言

 11月10日 龍馬



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