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女性天皇、実現遠く 平等理念の「例外」(毎日新聞)

2016年12月30日(金)

毎日新聞では、天皇と憲法に関して引き続き連載を続けている。

今日の分は、女性天皇に就ての論稿です。

以下、毎日新聞の引用

女性天皇、実現遠く 平等理念の「例外」
毎日新聞 ー 2016年12月30日 東京朝刊
http://mainichi.jp/articles/20161230/ddm/003/040/081000c

 ■旧宮家復帰は

 民主党政権時代の2012年春ごろ、東京都内のホテルで野党・自民党の皇室勉強会が開かれた。一議員として参加した安倍晋三氏は「宮内庁は旧宮家の皇籍復帰に本気で取り組んでいるのか」と不満を漏らした。

 自民議員ら十数人が皇位継承資格者の減少問題などを話し合う非公式の席だった。男系男子による継承を維持するため、戦後の連合国軍総司令部(GHQ)占領下で皇籍離脱した旧11宮家の男系男子を復帰させる案なども話し合われた。


 憲法と歩む/4 女性天皇、実現遠く 平等理念の「例外」
毎日新聞 ー 2016年12月30日 東京朝刊■旧宮家復帰は

 民主党政権時代の2012年春ごろ、東京都内のホテルで野党・自民党の皇室勉強会が開かれた。一議員として参加した安倍晋三氏は「宮内庁は旧宮家の皇籍復帰に本気で取り組んでいるのか」と不満を漏らした。

 自民議員ら十数人が皇位継承資格者の減少問題などを話し合う非公式の席だった。男系男子による継承を維持するため、戦後の連合国軍総司令部(GHQ)占領下で皇籍離脱した旧11宮家の男系男子を復帰させる案なども話し合われた。

 安倍氏は勉強会に先立つ12年1月末には旧宮家らの会合に足を運び、復帰の可能性を探っていた。

 安倍氏のいら立ちの背景には、結婚後も女性皇族が皇室に残る「女性宮家」の議論への危機感があったとみられる。当時の民主党政権は女性宮家創設を検討中で、保守層の間では「女性宮家が創設されれば、女性皇族が将来の女性・女系天皇になりかねない」と懸念が広がっていた。

 安倍氏も12年2月号の「文芸春秋」で「女性宮家を認めることは皇位継承の伝統を根底から覆しかねない」と批判。この年の12月に政権交代で首相に返り咲くと、検討を白紙に戻した。

 ■明治にも議論

 明治以来の男系男子継承は自明ではなかった。1946年7月から現皇室典範を論議した内閣諮問機関「臨時法制調査会」では新憲法が男女平等を規定することから女性天皇容認論が議論された。

 宮内省(当時)は皇室は例外であり、男系男子の皇位継承は憲法の男女平等に反しないとの見解を示した。しかし、続く帝国議会では憲法との矛盾を指摘する声が相次いだ。

 「皇室典範を拝見すると、皇室というものが国民から浮かび上がっているように感じられてならないのです」。女性の国政参加が始まった46年4月の選挙で当選した社会党の新妻イト議員は同年12月、衆院での審議でこう訴えた。新憲法下で男女平等となったことを挙げ「女もどうやら人間並みになったのですから、この男系の男子ということをどうにかしてとっていただくことができないかしら」と求めた。

 「平和国家の象徴として、女子天皇の出現すべき可能性を法規上に残しておくことが国際間にも一大好感を持たれる」(国民党議員)との声も上がった。

 金森徳次郎国務相(憲法担当)は「従来多年行われていた制度は、一応それを正しきものと認めて実行をきめていくよりほかにしようがない」「男系でなければならぬということは国民の確信というべきもの」などと答弁。新しい憲法との兼ね合いについては踏み込んだ議論を避けた。当時はまだ若い男性皇族も多く「(女性天皇の問題を)解決すべき現実の必要もないので、問題全部を綿密なる今後の研究に残したい」と先送りした。

 継承資格を男系男子に限ることを初めて明文化した明治の旧皇室典範の制定過程でも、女性天皇容認論はあった。

 明治の立法機関にあたる元老院の案は、皇位継承の順位を「同族に於(おい)ては男は女に先(さきだ)ち、同類に於ては長は少に先つ」と記し、女性の皇位継承を認めていた。自由民権運動のさなかで作られた民間の憲法草案でも、継承資格を持つ男性がいない場合には女性天皇を認める例は多い。

 京都産業大学の所功名誉教授(日本法制文化史)は「古代の歴史書や法令を見ても、日本では女帝の存在を公認して評価してきた。女性を排除するのは日本の伝統的な考え方ではない」と指摘する。「一般社会で男女平等を強調しながら、皇室だけを特別視して現在の制度を固守していると、やがて衰滅する恐れがある」と懸念する。

国民、容認が多数
 憲法の男女平等の理念は日本社会に根付き、男子の誕生にこだわる皇室の姿は一般国民には不自然に映るようになった。

 日本世論調査会によると、1975年の調査では「天皇に女子がなってもよい」は31・9%だったが、2005年には83・5%。16年11月の調査では「女性・女系天皇」の容認が85%に上った。皇太子妃雅子さまをはじめ、「お世継ぎ」誕生の重圧を背負う女性皇族は世論の同情を集める。

 GHQ民政局のスタッフだったベアテ・シロタ・ゴードンさん(12年に89歳で死去)は家父長制のもとで財産権もなかった日本の女性の権利を守るため、憲法に男女平等条項を書いた。

 ベアテさんを長年取材した平岡磨紀子さん(70)は「戦前、日本では、男子を産まない女性は離縁される慣習があり、ベアテさんは驚いていた。なぜ天皇家だけ今も規則でがんじがらめにするのでしょうか」と話す。

 多くの人々が違和感を抱くのは、皇室自身が憲法にふさわしい身近な存在に変わろうとしてきたことにも起因する。小泉政権下で女性・女系天皇容認を巡って宮内庁と折衝した元政府関係者は、陛下のお気持ちについて「自ら努力して象徴天皇像を作り上げたのに、長く皇室から離れていた旧皇族が男系男子というだけで皇位を継承することは望まないだろう」と話した。=つづく

 ■ことば

男系・女系
 皇室は、父親、その父親とさかのぼっても男の血統が皇族である「男系」で続いてきたとされる。歴史上の女性天皇は、いずれも父が天皇か皇族の「男系の女性天皇」だった。女性皇族が、皇族以外と結婚した場合、その子供は男子か女子かに関わらず、「女系」で皇室につながることになる。保守派は「父方の血統が天皇につながらない」として女系天皇に反対し、1947年に皇籍離脱した旧11宮家の子孫(男系男子)の皇籍復帰を主張している。

ニュースサイトで読む: http://mainichi.jp/articles/20161230/ddm/003/040/081000c#csidx87f84c6b90c9c088aef6461a2827619
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