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フィデル・カストロ前国家評議会議長死去 キューバ


2016年11月27日(日)

 テレビ・新聞各紙の報道によると、キューバの前国家評議会議長
フィデル・カストロ氏が死去したとのこと。

フィデル・カストロ前国家評議会議長死去 キューバの元最高指導者、90歳
 The Huffington Post | 執筆者:Kazuhiko Kuze, 吉川慧
 投稿日: 2016年11月26日 23時16分

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 西側の首脳も認める卓越した革命の指導者だった。

 早くから教育・医療に関する国民の負担をゼロにし、
先進的な欧州諸国が、これを取り入れたが、
アメリカや日本は、有料のままで、消費税が上がる度に
寧ろ国民負担をが増えて行っている!

早くキューバを見習って国民負担を無くして欲しい!

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フィデル・カストロ氏死去「人間こそ最大の資本」原点に労働者
 毎日新聞 - 2016年11月26日(土) 23:04配信

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フィデル・カストロ前国家評議会議長死去 キューバの元最高指導者、90歳
 The Huffington Post | 執筆者:Kazuhiko Kuze, 吉川慧
 投稿日: 2016年11月26日 23時16分
 

キューバのフィデル・カストロ前国家評議会議長が11月25日に死去したと、BBCなどが速報で伝えた。90歳。キューバの国営放送が26日、声明を発表した。

1953年7月、カストロ氏はチェ・ゲバラらとともに武装闘争を開始し、親米のバティスタ独裁政権を打倒。59年1月に革命政権を樹立した。

61年4月、アメリカ(ケネディ政権)はカストロ政権の転覆を狙い、CIAの支援を受けた亡命キューバ人部隊をキューバに侵攻させた(ピッグス湾事件)。3日間の戦闘の末、アメリカ側の部隊はキューバ軍に撃退され、カストロ政権転覆の目論見は失敗に終わった。

一方のキューバ側は、東側陣営のソ連と接近。カストロ氏は社会主義政策に舵を切った。

62年、アメリカはキューバに対し国交断絶を通告し、全面的な禁輸措置を実施。これに対し同年、ソ連がキューバに核ミサイル基地を建設すると、米ソ両国が対立。人類史上最も核戦争の危機が高まったとされる「キューバ危機」が発生した。キューバは東西冷戦を象徴する国の一つとなり、カストロ氏は反米・左翼勢力の象徴的人物となった。

カストロ氏はおよそ50年にわたり、キューバ共産党による一党独裁を敷き、国家評議会議長として君臨した。その間、キューバの教育水準は向上し、医療技術も進歩した。その一方、冷戦終結後にソ連が崩壊すると、サトウキビ栽培による砂糖の生産・輸出に頼ったモノカルチャー経済だったキューバ経済は立ち行かなくなり、多くの人々が国外へと亡命した。

2008年、カストロ氏は国家評議会議長を退任し、弟のラウル・カストロ氏が後継となった。ラウル氏はアメリカとの関係改善を模索。約1年半にわたる水面下での交渉を経て、アメリカとキューバは2015年7月20日、54年ぶりに国交を回復。両国の首都には互いに大使館が設置された。これは「キューバの雪融け」と呼ばれている。

カストロ氏の支持者たちは、彼をキューバ革命の英雄として「キューバを人民の手に戻した男」として賞賛する。一方で敵対者たちは、反対勢力を残酷に粛清する人間と非難しており、その歴史的評価は分かれている。



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フィデル・カストロ氏死去「人間こそ最大の資本」原点に労働者
 毎日新聞 - 2016年11月26日(土) 23:04配信

 ◇評伝

 巨星落つ。経済制裁を続ける米国に対抗しながら半世紀以上もキューバを率いたフィデル・カストロ氏が逝った。キューバ市民は愛憎の対象を失い泣いている。カリスマへの感傷、長期の経済的困窮への怒り、重しがとれ、ほっとする気持ちも入り交じっているだろう。

 185センチ超の長身、オリーブ色の軍服とひげ。「社会主義か死か! 祖国か死か!」で締めくくられる数時間もの演説。国民の多くはファーストネームで「フィデル」と呼ぶ。70代のおばあさんは「フィデルの演説が始まると、姉妹全員がテレビの前に集まり、何時間でもうっとりと聞いていた」と懐かしそうに話した。男性は言った。「フィデルは我々の最高指導者、チェ・ゲバラは我々のアイドル」と。

 傑出した洞察力、危機管理能力が魅力だった。キューバ危機やソ連の崩壊を乗り越え、150キロしか離れていない米国を帝国主義と批判しながら、キューバの独立を守った。米国からの転覆工作や600回以上とも言われる暗殺計画を生き延びた。

 無料の医療や教育、尊厳ある「社会主義」を作り上げ、世界に輸出しようとした。ベネズエラの故チャベス前大統領を見いだし、シェールガスにも早くから注目。核兵器廃絶を訴え、地球温暖化に危機感を表明した。反米の旗手として中南米やアフリカ諸国の指導者の尊敬を集めた。

 私腹を肥やさず、引き際も自分で決めた。大病から2年後の2008年に国家評議会議長を引退。11年に共産党第1書記も弟のラウル・カストロ国家評議会議長に譲り、一党員に戻った。このときラウル氏はカストロ氏について「キューバの歴史、現在、未来に永久に輝き続ける」と述べた。

 だが、演説に見ほれていたおばあさんも今は「窓を開けて大声で叫びたい欲求に駆られる」という。キューバの社会主義は行き過ぎた平等主義と生産性の低下などが主な原因で破綻したと。11年から市場原理の一部導入にかじを切ったが、外国に脱出した親族の経済援助なしには極貧生活しかない。カストロ氏を信じた者ほど追い詰められる矛盾も引き起こした。

 「歴史は私に無罪を宣告するだろう」。1953年10月、親米政権を襲撃した罪で起訴されたカストロ氏は、公判で自信たっぷりに弁舌をふるった。

 革命の原点は米国に工場やインフラを握られ、搾取されるサトウキビ労働者だった。「人間にとって重要な資本は金ではない。人間こそが、最大の資本なのである」。キューバの社会主義は頓挫したが、格差が広がるばかりの米国の資本主義も問題が指摘されている。カストロ氏の精神は世界のどこかで引き継がれていくだろう。

【元メキシコ市支局長、ニューヨーク國枝すみれ】



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