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相撲協会 北の湖理事長(62) 直腸がんによる多臓器不全で急逝!

2015年11月21日(土)

 どちらかというと、私のもう一つのブログに掲載すべき内容だが、
時事ネタであり、仕事とも多少の関わりがあったのでこちらに!

 相撲協会 北の湖理事長(小畑敏満:62)が、九州場所が終盤の佳境を
向かえる中、体調不良により福岡市の病院に入院したその日の内に
 『直腸がんによる多臓器不全』で急逝されたとのこと!

 御冥福を祈ります!

 私よりも若く、『直腸がん』と云う話も初耳だったので驚いた!

 私も2000年(まだ40歳代だった)に、『直腸がん』が発見され、手術で
切除して一命を取り留めただけに、他人事ではない!

 仕事においては、九州場所の桟敷(枠組みパイプ工法)の改修工事
の設計・施工および施工監理を担当した時の理事長が小畑敏満氏だった。

元横綱・北の湖理事長:死去62歳 24回優勝、歴代5位
 毎日新聞 - 2015年11月20日 22時21分


北の湖部屋も沈痛…死去の前夜は変わらぬ姿だった
 日刊スポーツ - 2015年11月21日0時14分


北の湖さん死去 62歳、直腸がん 命削り九州場所
 日刊スポーツ - 2015年11月21日9時29分


半旗掲げ大横綱追悼 九州場所の福岡国際センター
 日刊スポーツ - 2015年11月21日11時46分



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元横綱・北の湖理事長:死去62歳 24回優勝、歴代5位
 毎日新聞 - 2015年11月20日 22時21分
 

 大相撲の第55代横綱で歴代5位の幕内24回優勝を果たした、日本相撲協会の北(きた)の湖(うみ)理事長=本名・小畑敏満(おばた・としみつ)=が20日午後6時55分、直腸がんによる多臓器不全のため、福岡市内の病院で死去した。62歳。
 葬儀の日程、喪主などは未定。

 北海道壮瞥町出身。元大関・初代増位山の三保ケ関部屋に入門し、中学1年だった1967年初場所に初土俵。180センチ、160キロの恵まれた体を生かした力強い相撲で順調に番付を上げ、74年初場所に関脇で初優勝。同年名古屋場所後には歴代最年少の21歳2カ月で横綱に昇進した。横綱・輪島とともに「輪湖(りんこ)時代」を築いた。

 東京・両国国技館開館の85年初場所中に引退。横綱在位は74年秋〜85年初場所で、通算63場所は歴代1位。引退後は大鵬に次いで当時2人目の一代年寄を認められた。北の湖部屋を創設して後進の指導に当たった。

 日本相撲協会理事などを経て、2002年に第9代理事長に就任した。協会による自主興行での巡業の復活、公傷制度の廃止などの改革を進めた。

 一方で、07年に時津風部屋で起きた力士暴行死事件や、けがで夏巡業を休場した横綱・朝青龍(当時)が帰国したモンゴルでサッカーをしていたことに端を発した騒動の際の対応では批判も受けた。08年にはロシア出身の弟子の大麻問題で理事長を辞任し、11年の八百長問題では弟子が関与したため、処分も受けた。

 12年の理事選で立候補すると当選し、第12代として理事長に2度目の就任を果たした。14年1月末には日本相撲協会の公益財団法人への移行後、初の理事長になった。

 理事長在任中の13年6月には赤い綱を締めて還暦土俵入りを行い、太刀持ちを九重親方(元横綱・千代の富士)、露払いを貴乃花親方(元横綱)がそれぞれ務めた。一方で、13年12月に大腸ポリープの手術のために入院し、15年名古屋場所では両側水腎症のために入院し、途中休場するなど、近年は健康面が心配されていた。

 日本相撲協会は20日、現職理事長の死去に伴い、八角(はっかく)親方(元横綱・北勝海〈ほくとうみ〉)が理事長代行を務めると発表した。【村社拓信】

 ◇北の湖敏満(きたのうみ・としみつ)

 史上最年少21歳2カ月で第55代横綱に昇進。左四つを得意とし、全盛期の体重は幕内平均より30キロ重い160キロ超で恵まれた体を生かした。横綱在位は1974年秋〜85年初場所。優勝回数24回。2002〜08年に日本相撲協会理事長。12年、理事長に復帰した。
 



北の湖部屋も沈痛…死去の前夜は変わらぬ姿だった
 日刊スポーツ - 2015年11月21日0時14分
 

  日本相撲協会の第55第横綱で理事長を務める北の湖敏満氏(本名小畑敏満=おばた・としみつ)の急逝の報道を受けて、福岡・南区にある北の湖部屋宿舎の前には約30人の報道陣が駆けつけた。入り口には若い衆ら数人が立って敷地内への立ち入りを規制し、時折関係者の姿も見られた。

 報道陣に対応した序二段北斗龍(44)は、理事長の遺体が部屋に戻らないことを告げ「今日は…察して下さい」と声を絞り出した。前日の夜までは変わりなく過ごしていたことも明かし「本当に、頑張ったと思います」と故人をしのんだ。 



北の湖さん死去 62歳、直腸がん 命削り九州場所
 日刊スポーツ - 2015年11月21日9時29分
 

  大相撲の第55代横綱で、日本相撲協会の理事長を務める北の湖敏満氏(本名・小畑敏満)が九州場所13日目の20日午後6時55分、直腸がんによる多臓器不全のため福岡市内の病院で急逝した。62歳だった。現役時代は、74年名古屋場所後に史上最年少の21歳2カ月で横綱に昇進。ライバル輪島と「輪湖時代」を築き、歴代5位の24度の優勝を重ねた。近年は入院や手術を繰り返し、体も激やせしていた。葬儀・告別式などは未定。現職理事長の死去は68年に亡くなった元横綱双葉山の時津風理事長以来で、理事長代行は八角事業部長(元横綱北勝海)が務める。日本相撲協会は今日21日に緊急理事会を開き、今後の方針を決める。

 九州場所が白熱してきたばかりだった。その結末を見る前に「北の怪童」が逝ってしまった。午後6時55分。北の湖理事長は静かに息を引き取った。まるでこの日の取組が終わるのを、待っていたかのように。

 体調不良を訴えたのは20日朝だった。貧血の症状で福岡市内の病院へ救急搬送された。当時、容体は安定していた。だが、夕方になって急変した。最期はおかみさんの小畑とみ子夫人らにみとられて、安らかに。部屋付きの山響親方(元前頭巌雄)は「最期の言葉もなかった」と明かした。元横綱双葉山の時津風理事長以来となる現職の理事長のまま、帰らぬ人となった。今後「北の湖部屋」は、山響親方が「山響部屋」として継承する方針という。遺体は斎場に移され、21日に陸路で東京へ搬送される。

 近年は体調がすぐれなかった。史上初の理事長復帰を果たしたのは12年2月。直前に見え始めた大腸がんの兆候を周囲には隠した。13年末に、大腸ポリープの除去手術後に腸閉塞(へいそく)を起こして入院。今年7月には腎臓に尿がたまる「両側水腎症」で手術し、体重も20キロ以上やせた。

 10月に入っても腎臓がすぐれず、都内で入院していた。秋場所に続いて今場所も、土俵祭りや協会あいさつを欠席。場所中は会場に着いても車の中で2時間、横たわる日もあった。それでも大関戦が始まると、報道陣には何事もなく対応した。亡くなる前日の12日目まで、変わらなかった。

 北海道に生まれ、66年冬に上京した。初土俵を踏んだ67年初場所は、まだ「中学生力士」が認められていた。13歳だった。三保ケ関部屋で、瞬く間に番付を駆け上がった。15歳9カ月で幕下に昇進し、72年初場所に新入幕。74年名古屋場所後に、今も不滅の史上最年少、21歳2カ月で横綱に上り詰めた。横綱輪島との白熱した「輪湖時代」は、日本中を熱狂させた。歴代5位の優勝24度を遂げた。

 強すぎる横綱だった。あんこ型で左四つの本格派。「憎らしい」とまで言われた。「負けろ」という声も飛び交った。当時のことを、こう述懐していた。「横綱は、頑張れと言われたらおしまいですから」。何よりのエールと受け止める憎らしさが、真骨頂だった。

 引退後は元横綱大鵬に続いて2人目の一代年寄「北の湖」を襲名した。02年2月に理事長に就任し、弟子の大麻問題などで08年9月に辞任したが、12年に再び返り咲いた。「残りの人生すべてを懸ける」と公益財団法人への移行に尽力し、一貫して「土俵の充実」を掲げた。相撲人気を徐々に復活させ、来年を楽しみにした。その矢先だった。昭和の大横綱は博多の冬空へ、無念の旅立ちとなった。

 ◆北の湖敏満(きたのうみ・としみつ)本名・小畑敏満。1953年(昭28)5月16日、北海道生まれ。67年初場所初土俵。74年名古屋場所後に史上最年少の21歳2カ月で横綱に昇進した。優勝24回は歴代5位。85年初場所で引退、一代年寄「北の湖」を襲名。同年11月に三保ケ関部屋から独立して部屋を創設した。02年2月に理事長就任。4選を果たしたが、08年9月に弟子の大麻問題で辞任。11年4月に弟子の八百長関与で、96年から務めていた理事も辞任したが、12年に理事長に復帰した。 



半旗掲げ大横綱追悼 九州場所の福岡国際センター
 日刊スポーツ - 2015年11月21日11時46分
 

  日本相撲協会の北の湖理事長の死去から一夜明けた21日、九州場所が開かれている福岡市の福岡国際センターでは弔意を表す半旗が掲げられ、詰めかけた相撲ファンらは「昭和の大横綱」の急逝を悼んだ。

 「最後のお別れを言いに来た」。昨日までセンターで観戦していた熊本県甲佐町の主婦渡辺八重子さん(81)は、帰宅の予定を変更して会場に立ち寄ったという。「現役時代は憎たらしいくらい強かったのに、病気には勝てなかったのだろうか」と声を落とした。

 山口県防府市の団体職員道永真一さん(49)は「小学生のころからテレビで見ていたが、本当に強い横綱だった。会場で姿を拝見できるのではないかと楽しみにしていたのに」と惜しんだ。

 東京都の会社員大沢安弘さん(62)は「現役時代はとにかく強く、理事長になってからは相撲ファンを増やそうと尽力した。同世代として誇らしく思う」としのんだ。 


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