JUNSKY blog 2017

政治関連・社会問題などについて書いてゆきます!

戦争法可決を聞いて各界の方々が東京新聞インタビューに登場

2015年9月23日(秋分の日・水)

 他にも多くの方々がインタビューに登場されていますが、
 あまりに長くなるので、取り敢えず4名の方々の記事へのリンク!

 皆さん重要な提言や問題点の指摘を行われていますので
 是非お読みください!

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【言わねばならないこと】 東京新聞

憲法 踏み外していないか 憲法学者・長谷部恭男氏
 東京新聞 - 2015年9月18日


「若者」なぜ立ち上がる 作家・高橋源一郎氏
 東京新聞 - 2015年9月18日


歴史 繰り返すのか 歴史家・保阪正康氏
 東京新聞 - 2015年9月18日


違憲の法律従えず 元経済企画庁長官 田中 秀征氏
 東京新聞 - 2015年9月21日


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 今日の日刊スポーツ【政界地獄耳】では、戦争法が『可決』された9月19日に
日本共産党が発表した『国民連合政権』 について積極的な評価をしている。 

立ち位置難しくなる公明
 日刊スポーツ【政界地獄耳】 - 2015年9月23日8時52分



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【言わねばならないこと】 東京新聞 コピペ 

 集団的自衛権の行使容認を柱とする安全保障関連法制。国会審議を重ねるほどに疑問は浮かび、廃案を求める声が広がった。安保法制の問題点は何か。本紙が掲載を続けてきた「言わねばならないこと」の特別編として、各界の第一人者に聞いた。
 論点は六つ。安保法制は歴史的にどんな意味を持つのか。政府は安保法制は「憲法の枠内」で、安全性が高まると主張する。それぞれ本当か。国会審議では言葉が尽くされたのか。なぜ多くの市民や若者が反対の声を上げたのか。その声に、政府は耳を傾けたのか。  



憲法 踏み外していないか 憲法学者・長谷部恭男氏
 東京新聞 - 2015年9月18日
 

◆審議するほど違憲明確
 安全保障関連法制について「従来の憲法解釈の基本的論理は維持されている」という政府の主張には問題点がある。
 政府が根拠にしている一九七二年の政府見解は、個別的自衛権の行使が認められることを根拠づける考え方だが、実はその全部をカバーしていない。例えば尖閣諸島をどこかの国が占拠したとして、日本の国の存立が脅かされ、国民の生命、幸福追求の権利が根底から覆されるのか。個別的自衛権行使についてさえ相当引いている根拠を持ち出して、なぜ集団的自衛権行使を正当化できるのか。何の理屈にもなってない。
 同じく政府が根拠としている五九年の砂川事件判決は、米軍の駐留が憲法九条二項に反するか反しないかが争われた事件の判決。集団的自衛権を行使できるかどうかなんて、およそ争点になっていないので根拠になるはずがない。
 「日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増している」というのも、具体的説明がない。国際的なシンクタンク「経済平和研究所」による二〇一五年の平和と安全ランキング(Global Peace
 Index)では、日本は四年連続で第八位。本当に環境が厳しくなっているなら、限られた防衛資源を世界中にばらまいて、米軍をお手伝いするのは愚の骨頂だ。
 武力行使は限定されるというが、地球の反対側まで行って中東のホルムズ海峡で武力行使できるというのは、どう考えても限定されていない。結局、政府がよく使う言い回しだが「最後は政府が総合的に判断する」というだけだ。
 他国軍支援についても、弾薬の提供や発進準備中の航空機への給油は、明らかに憲法上禁じられてきた他国との武力行使の一体化に当たる。政府も説明できていない。安保法制は審議が進むほど、憲法に違反することが明確になっていった。
 政府・自民党は、安保法制を違憲とする多くの憲法学者の意見に対し「字面にこだわっている」などと言ってきた。「あの人たちの言うことを聞かないでください」と言っているだけ。反論できないということを態度で示している。
 安倍政権は、内閣法制局長官の人事にまで手を突っ込み、集団的自衛権の行使はできないと何度も何度も繰り返し確認されてきた政府の憲法解釈を、時の政権が変えられることにしてしまった。これは大変な問題だ。「立憲主義」の最低限の意味は、憲法によって政治権力を縛ること。その意味を政府自体が変えられるというのは、立憲主義に対する正面からの挑戦としか言いようがない。
 九条を正々堂々と変えるという話なら、こんな大騒ぎになっていないが、九条を変えてまで今回のような法律を導入する合理性も必要性もないと思う。
 安倍晋三首相は、徴兵制は憲法一八条が禁じた「意に反する苦役」に当たるからあり得ないと言うが、だれも信用しない。あれだけ繰り返し確認されてきた九条の解釈を、時の政権の判断で変えられる先例を開いてしまったから。徴兵制が一八条に反することは、それほど繰り返し確認されていない。
 これからどう戦っていくか。最後は政権を変えるしかないと思う。今回の安保法制を廃止する法案を提出して成立させるだけでは駄目で、集団的自衛権行使を容認した閣議決定を「間違っていた」と、元に戻してもらわないといけない。
 国会前などの抗議行動に出かけているが、何の組織・団体に動員されたわけでもなく、何万人もの人たちが自発的に集まっている。まだまだあきらめたものではないと思う。集会だけではなくて、次は選挙にも行って、おかしな政権を倒さないといけない。
<はせべ・やすお> 1956年生まれ。早稲田大法学学術院教授。東大法科大学院長、国際憲法学会副会長などを務めた。今年6月の衆院憲法審査会に与党推薦の参考人として出席、安保法案を違憲と断じた。憲法学者や弁護士らによる「国民安保法制懇」メンバー。近著に「安保法制の何が問題か」(岩波書店、共編)。 



「若者」なぜ立ち上がる 作家・高橋源一郎氏
 東京新聞 - 2015年9月18日
 

 ◆個人の声こそ民主主義
 今回、「SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動、シールズ)」の若者をはじめ一般の市民が声を上げたのを見て、これは六〇年安保、七〇年安保に続く「第三次安保闘争」だと思いました。「おかしい」と思ったとき、普通の人が抗議に行く。脱原発デモによって国会前で抗議するスタイルができて、国会前が公共の場、政治の場になった。これは3・11後にできた新たな政治習慣です。
 国会に呼ばれた憲法学者が、安保関連法案を「違憲だ」と断言し、多くの人がおかしさに気付きました。そもそも政党が百も二百も公約を掲げて当選しても、公約すべて承認されたと思うのは大間違いです。
 議会制民主主義で有権者は政治家に権限を委譲する。しかし「全て」を委ねたわけではありません。だから人々が「公(おおやけ)」に参加することで補完しなきゃいけない。デモをやり、集会をやり、発言する。そうやって不断に隙間を埋める必要があります。
 「シールズ」の学生との対談本を出しました。いつの間にか、「政治的なことを発言するのは特殊」という社会になってしまった。それが今回、まっとうな「公」の感覚で、若者が声を上げたのはとても大切なことです。それは古代ギリシャ民主制の「すべての市民は公の責務を負う」考え方に通じています。
 たとえば「シールズ」の奥田愛基(あき)君は、東日本大震災のボランティア経験が今の活動につながったと思います。共同体の一員として、困っている人がいれば助けるのも公の感覚です。教え子でもある奥田君に「個人の言葉で語った方がいい」と助言したことがあります。組織で運動すると、やがて組織の維持と拡大が目的になっていきます。第一次、第二次安保闘争は組織が中心。一方、ベ平連は普通の人が行ける場を目指しました。その考えは今重要です。
 ブランショは著書『明かしえぬ共同体』で、公的な共同体の理想の形は、組織ではなく、一時的な共同体だと言っています。市民が自発的に突然集まり、集会をし、目的が達成されれば解散する。突然、公的な声が可視化され、そして消える。国会前に三十万人が集まり、三々五々消えていくのも同じだなと。
 現政権には特定秘密保護法から憲法改正に至るストーリーがあります。だから安保関連法が成立しても終わりではありません。憲法違反の法なのだから違憲訴訟も起きるでしょう。やることはいっぱいある。「おかしい」と思ったら粛々と声を上げていく。それこそが民主主義です。 
<たかはし・げんいちろう> 1951年生まれ。明治学院大教授。81年「さようなら、ギャングたち」でデビュー。近著に「高橋源一郎×SEALDs 民主主義ってなんだ?」。 



歴史 繰り返すのか 歴史家・保阪正康氏
 東京新聞 - 2015年9月18日
 

 ◆日本「準戦時体制」へ移行
 安全保障関連法制の成立が意味するのは、憲法の非軍事主義を軸にした日本の戦後民主主義が崩れつつあり、「準戦時体制」へと移行するということだ。
 戦争が起きるまでには過程がある。十段階の真ん中くらいに国交断絶があって、最後が武力衝突だ。それは外交で回避できるというのが、戦後の日本が選んできた道だった。
 それなのに、この法制を進めようとする人は、脅威を強調して、明日にも戦争が起こるようなことを言う。論理が逆立ちしている。多くの国民が反対するのは、そのおかしさを感じているからだ。
 僕は国会審議を見ていて、たった一つの結論に落ち着いた。司法、立法、行政の三権が独立して、民主主義の体制は維持されるのだが、行政つまり内閣が、他の二つを従属させようとしているんだね。それはファシズム(独裁)だ。
 安倍晋三首相は、審議を国会にお願いしている立場で、野党議員に「早く質問しろよ」とやじを飛ばした。元最高裁長官が、一九五九年の砂川事件判決は集団的自衛権行使の根拠にならないと言っても、聞かない。これは立法、司法の積み重ねの軽視だ。何より憲法を解釈で変えて、平然としているのが一番怖い。
 答弁に立つ安倍さんが軍服を着ているように見える。一九三八年、日中戦争の体制強化のため、政府に人的・物的資源の統制を認めた国家総動員法案が衆院委員会で審議された。このとき答弁に立った陸軍の幕僚は、議員の抗議を「黙れ!」と一喝した。
 この単純さ、明快さは安倍さんと共通している。自分の信念はあっても、歴史認識が著しく欠けているから、集団的自衛権行使を火事の例え話で説明したりできる。
 僕は延べ四千人の軍人などに取材をしてきた。特攻隊の七割は学徒兵や少年飛行兵。エリートではない庶民だった。かつての軍事主導体制は人間を序列化し、死の順番を決めた。
 戦争の怖さは、今までとは違う価値観の社会空間が生まれることだ。国家総動員法のような法律が必要とされ、メディアも統制される。文科系学部で学ぶヒューマニズムやシェークスピアなんて、役に立たない。軍に都合が良い人間が優先され、日常が崩されていく。
 だから歴史に学び、感性を養わないといけない。「戦争反対」と言うけれど、みんな何に反対しているの。この国に再び、かつてのような戦争の倫理観をつくらせちゃいかん、というのが僕の信念だ。
 今、若者のデモで「民主主義が終わったのなら、また始めればいい」と言っているという。彼らは直感的に鋭いことを言っている。僕も全面的に賛成だ。
 確かに、七十年続いた戦後民主主義は、崩れようとしているのかもしれない。でもいつかは変えなくてはいけない。米国型でも、戦後でもない、新しい日本のデモクラシーをつくればいい。その根幹は、決して国家に隷属せず、対等な関係にあるシビリアン(市民)の姿勢だ。この国の体制にシビリアンの声をもっと生かしてほしい。
 戦後民主主義は強者の論理でもあった。競争社会はエネルギーを生むが、貧困などで敗者が増えると、社会不安を巻き起こす。もっと日本的な禁欲さや勤勉を受け継いだ、デモクラシーがあってもいい。
 今回、安倍さんは国民に改憲の危険性を教え、改憲を遅めたと思う。民主主義がどれだけ日本人に根付いたのかが試されている。いうなれば、準戦時体制に移行しようとする動きと、それを骨抜きにしようと新しいデモクラシーをつくるせめぎあいだ。僕は後者に勝ってほしいと痛切に願っている。
<ほさか・まさやす> ノンフィクション作家。1939年、札幌市生まれ。同志社大卒。「昭和史を語り継ぐ会」主宰。昭和史の実証的研究のために、これまで延べ4000人に聞き書き調査をし、執筆活動を続けている。2004年、菊池寛賞を受賞。近著に「戦場体験者 沈黙の記録」(筑摩書房)など。 



違憲の法律従えず 元経済企画庁長官 田中 秀征氏
 東京新聞 - 2015年9月21日
 

  私は今回成立したとされる安全保障関連法を法律として認めるつもりはない。憲法違反の法案は国会で可決されたからといって、合憲にはならないからだ。
 もちろん違憲立法は無効だから、政府がそれに基づいて国民や自衛隊に義務を課し、協力を求めても従う人は少なくなる。
 事の始まりは昨年七月の集団的自衛権行使容認の閣議決定だ。ここから集団的自衛権の行使に向かう安保法制の整備、ガイドライン(日米防衛協力の指針)の改定への異様な突進が始まった。
 安倍晋三首相は米議会での演説で、安保法制を「戦後最大の改革」と豪語し、新ガイドラインを「真に歴史的な文書」と自賛した。
 しかし、それならば、なぜ、憲法改正と日米安保条約の再改定という当然の王道を通らなかったのか。
 六〇年安保世代の私は、今回の改革がそれを上回る「戦後最大の改革」であることに異議はない。ならば、なぜ祖父である岸信介元首相のように正々堂々と改革の王道を進まないのか。まるで正門が開いているのに、わざわざ裏門からこそこそ潜入した印象だ。
 われわれは違憲な法律を認めないとともに、昨年の閣議決定を撤回し、この法律を全面的に見直すことを目指さなければならない。
 昨年の総選挙で民主党などは「閣議決定の撤回」を目玉の公約とした。民主党が全滅しなかったのは、この公約によるものだろう。確かに「撤回」は困難だが、不可能ではない。それを期待させる新しい動きも始まっている。
 思いあまって街頭に出た学生など多くの有権者に、あしき流れに待ったをかける底力を感じた。日本の政治を今の政府や国会に任せておいたら、劣化が深まるばかりだろう。
 今回の事態が政治刷新のまたとない機会となれば、災いを転じて福となすことができよう。
 <たなか・しゅうせい> 1940年生まれ。福山大客員教授。元衆院議員で、経済企画庁長官などを歴任。近著に「保守再生の好機」。
 



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立ち位置難しくなる公明
 日刊スポーツ【政界地獄耳】 - 2015年9月23日8時52分
 

 ★安保関連法制廃止に向け共産党が提案した「国民連合政府」構想。来夏の参院選では民主党などと野党選挙協力をしていくというもの。民主党代表・岡田克也は「かなり思い切ったもので、注目している。野党がバラバラになっていては勝てない。一般論では選挙区でお互いのバッティングを避けるのは非常に重要だ」と前向き姿勢だ。

 ★野党第1党の民主党、第3党の共産党、場合によっては分裂後の第2党、維新の党も一部が参加すれば国民連合政府構想は現実化する。政党が整理されるよりも、多様な価値を残しながら協力し合うオリーブの木論は活用されていくだろう。既に民主党の中には共産アレルギーが出始めているというが、政権奪還の可能性もなく、支持率は伸び悩み、安保法制で政局や国民をリードしたわけでもない民主党がこの問題について高飛車な態度に出る必要はない。謙虚に協力できることを模索すべきだ。民主党の政権ボケの目を覚まさせるためにもこのプロセスは重要だ。

 ★一方、この与野党のすみ分けが進むにつれ、立ち位置が難しくなるのが、平和の党という立場を捨て支持母体、創価学会からも不信感を持たれ始めた公明党だ。もう1つの党の政策の目玉である軽減税率でも自民と財務省に包囲網を敷かれ、連立の10年間の信頼関係などあっけないものだと国民に知らしめた。「民共協力におびえて野合批判を始めているが、自民党にごまをすり、創価学会にわびを入れるほうが先ではないか。橋下徹率いる大阪維新の会に連立の組み替えをされ野党に転落した時には、野党の国民連合構想には入れないのであしからず」(野党中堅議員)。この分では公明の漂流が先になるかもしれない。
     (K)※敬称略 



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