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長崎 【平和祈念式典】 で 田上市長 『安保法案』慎重審議を! 拍手! 

2015年8月9日(日)

 70年前の1945年8月9日 11:02 長崎にプルトニウム原子爆弾が投下され、

7万4千人が亡くなり、7万5千人が傷つく残虐・非道な殺戮が行われました。

 極めて強い放射能に被曝した人々は、70年後の今に至るも後遺症に蝕まれ

続けています。 被曝2世・3世も白血病や癌などに犯され、またいつか発症する

のではないか?と恐怖に直面しています。

 その原爆投下による犠牲者への慰霊の 【平和祈念式典】 が開催されました。

長崎原爆の日:平和祈念式典で市長 国会に「慎重審議を」
 毎日新聞 - 2015年08月09日 12時54分

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    田上富久・長崎市長の長崎平和宣言の後、空に放たれたハト
    =長崎市の平和公園で2015年8月9日午前11時11分、津村豊和撮影


 今日の 【平和祈念式典】 で 田上市長は 『安保法案』 ⇒ 「戦争法案」 に言及し
【政府と国会には、この不安と懸念の声に耳を傾け、
 英知を結集し、慎重で真摯な審議を行うことを求めます。】

 と明言して、会場内から大きな拍手が起こりました!

 田上市長は、オバマ大統領や各国首脳、NPT参加国にも核兵器廃絶を訴えました。

また、福島原発事故の被災者への引き続く支援を述べ、励ましました!

 「平和への誓い」 では、広島が小学生に発表させているのとはことなり、
高齢の被爆者代表 谷口稜曄(すみてる)さん(86)が想いを語りました。
その中では、
【戦後日本は再び戦争はしない、武器は持たないと、世界に公約した「憲法」
が制定されました。しかし、今集団的自衛権の行使容認を押しつけ、憲法改正を
押し進め、戦時中の時代に逆戻りしようとしています。今政府が進めようとしている
戦争につながる安保法案は、被爆者を始め平和を願う多くの人々が積み上げてきた
核兵器廃絶の運動、思いを根底から覆そうとするもので、許すことはできません。】
   と 『戦争法案』を厳しく批判し、大きな拍手を受けていました。

安保法案痛烈批判…平和への誓い、谷口さん
毎日新聞 2015年08月09日 22時59分


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 長崎の慰霊式には、長崎原爆を舞台に描かれた映画 【母と暮らせば】
 を作った山田洋次監督や吉永小百合さんも参列されました。

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           献花する 山田洋次監督 と 吉永小百合さん


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【関連記事】

長崎原爆の日:安保、真摯な議論を…「平和理念揺らぐ」
 毎日新聞 - 2015年08月09日 12時54分 (最終更新 22時27分)
 

 長崎は9日、米軍が原爆を投下してから70年の「原爆の日」を迎え、長崎市の平和公園で平和祈念式典が開かれた。田上富久市長は平和宣言で、国会で審議が進む安全保障関連法案に言及し、政府と国会に「慎重で真摯(しんし)な審議」を求めた。一方、安倍晋三首相は、広島の式典で触れなかった非核三原則について「堅持する」と述べた。

 式典には被爆者や遺族ら約6800人が出席。過去最多となる75カ国の代表も出席し、米国からはガテマラー国務次官が政府高官として初参列した。出席者は原爆投下時刻の午前11時2分から1分間、黙とうをささげた。

 田上市長は、平和宣言で「日本国憲法における平和の理念は、つらく厳しい経験と戦争の反省の中から生まれ、長崎にとっても、日本にとっても、永久に変えてはならない原点」と強調。被爆体験だけでなく、空襲や沖縄戦、アジアの人々を苦しめた戦争の記憶を語り継ぐよう訴えた。安保関連法案については「70年前に心に刻んだ誓いが、今揺らいでいるのではないかという不安と懸念が広がっている」と指摘した。

 また、各国首脳に被爆地訪問を呼びかけ、日本政府には核抑止力に頼らない安全保障の検討や被爆者援護の充実、被爆者健康手帳が取得できる被爆地域の拡大を求めた。

 被爆者代表の谷口稜曄(すみてる)さん(86)も「平和への誓い」で安保関連法案に反対し「被爆者をはじめ平和を願う多くの人々が積み上げてきた核兵器廃絶の運動、思いを根底から覆すもので、許すことはできない」と語った。

 式典では、この1年間で死亡が確認された原爆死没者3373人の名前が書かれた原爆死没者名簿4冊が奉納された。奉納された死没者総数は16万8767人になった。
 被爆者健康手帳所持者は全国で18万3519人(3月末現在)。平均年齢は80.13歳。

    【樋口岳大:毎日新聞 - 2015年08月09日 22時27分】 



長崎原爆の日:首相「非核三原則堅持」…式典で明言
 毎日新聞 - 2015年08月09日 20時55分


長崎原爆の日:平和への誓い (谷口稜曄) 全文
 毎日新聞 - 2015年08月09日


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平成27年 長崎平和宣言
 長崎原爆資料館 - 2015年8月9日(日) 
 

 
長 崎 平 和 宣 言

 昭和20年8月9日午前11時2分、一発の原子爆弾により、長崎の街は一瞬で廃墟と化しました。

 大量の放射線が人々の体をつらぬき、想像を絶する熱線と爆風が街を襲いました。24万人の市民のうち、7万4千人が亡くなり、7万5千人が傷つきました。70年は草木も生えない、といわれた廃墟の浦上の丘は今、こうして緑に囲まれています。しかし、放射線に体を蝕まれ、後障害に苦しみ続けている被爆者は、あの日のことを1日たりとも忘れることはできません。

 原子爆弾は戦争の中で生まれました。そして、戦争の中で使われました。


 原子爆弾の凄まじい破壊力を身をもって知った被爆者は、核兵器は存在してはならない、そして二度と戦争をしてはならないと深く、強く、心に刻みました。日本国憲法における平和の理念は、こうした辛く厳しい経験と戦争の反省のなかから生まれ、戦後、我が国は平和国家としての道を歩んできました。長崎にとっても、日本にとっても、戦争をしないという平和の理念は永久に変えてはならない原点です。 (拍手)

 今、戦後に生まれた世代が国民の多くを占めるようになり、戦争の記憶が私たちの社会から急速に失われつつあります。長崎や広島の被爆体験だけでなく、東京をはじめ多くの街を破壊した空襲、沖縄戦、そしてアジアの多くの人々を苦しめた悲惨な戦争の記憶を忘れてはなりません。

 70年を経た今、私たちに必要なことは、その記憶を語り継いでいくことです。

 原爆や戦争を体験した日本そして世界の皆さん、記憶を風化させないためにも、その経験を語ってください。

 若い世代の皆さん、過去の話だと切り捨てずに、未来のあなたの身に起こるかもしれない話だからこそ伝えようとする、平和への思いをしっかりと受け止めてください。「私だったらどうするだろう」と想像してみてください。そして、「平和のために、私にできることは何だろう」と考えてみてください。若い世代の皆さんは、国境を越えて新しい関係を築いていく力を持っています。

 世界の皆さん、戦争と核兵器のない世界を実現するための最も大きな力は私たち一人ひとりの中にあります。戦争の話に耳を傾け、核兵器廃絶の署名に賛同し、原爆展に足を運ぶといった一人ひとりの活動も、集まれば大きな力になります。長崎では、被爆二世、三世をはじめ、次の世代が思いを受け継ぎ、動き始めています。

 私たち一人ひとりの力こそが、戦争と核兵器のない世界を実現する最大の力です。市民社会の力は、政府を動かし、世界を動かす力なのです。

 今年5月、核不拡散条約(NPT)再検討会議は、最終文書を採択できないまま閉幕しました。しかし、最終文書案には、核兵器を禁止しようとする国々の努力により、核軍縮について一歩踏み込んだ内容も盛り込むことができました。

 NPT加盟国の首脳に訴えます。

 今回の再検討会議を決して無駄にしないでください。国連総会などあらゆる機会に、核兵器禁止条約など法的枠組みを議論する努力を続けてください。

 また、会議では被爆地訪問の重要性が、多くの国々に共有されました。

 改めて、長崎から呼びかけます。

 オバマ大統領、そして核保有国をはじめ各国首脳の皆さん、世界中の皆さん、70年前、原子雲の下で何があったのか、長崎や広島を訪れて確かめてください。被爆者が、単なる被害者としてではなく、“人類の一員”として、今も懸命に伝えようとしていることを感じとってください。

 日本政府に訴えます。

 国の安全保障を核抑止力に頼らない方法を検討してください。アメリカ、日本、韓国、中国など多くの国の研究者が提案しているように、北東アジア非核兵器地帯の設立によって、それは可能です。未来を見据え、“核の傘”から“非核の傘”への転換について、ぜひ検討してください。

 この夏、長崎では世界の122の国や地域の子どもたちが、平和について考え、話し合う、「世界こども平和会議」を開きました。

 11月には、長崎で初めての「パグウォッシュ会議世界大会」が開かれます。核兵器の恐ろしさを知ったアインシュタインの訴えから始まったこの会議には、世界の科学者が集まり、核兵器の問題を語り合い、平和のメッセージを長崎から世界に発信します。

 「ピース・フロム・ナガサキ」。平和は長崎から。私たちはこの言葉を大切に守りながら、平和の種を蒔き続けます。

また、東日本大震災から4年が過ぎても、原発事故の影響で苦しんでいる福島の皆さんを、長崎はこれからも応援し続けます。


 現在、国会では、国の安全保障のあり方を決める法案の審議が行われています。70年前に心に刻んだ誓いが、日本国憲法の平和の理念が、いま揺らいでいるのではないかという不安と懸念が広がっています。(拍手) 政府と国会には、この不安と懸念の声に耳を傾け、英知を結集し、慎重で真摯な審議を行うことを求めます。(長く続く大きな拍手) 

 被爆者の平均年齢は今年80歳を超えました。日本政府には、国の責任において、被爆者の実態に即した援護の充実と被爆体験者が生きているうちの被爆地域拡大を強く要望します。

 原子爆弾により亡くなられた方々に追悼の意を捧げ、私たち長崎市民は広島とともに、核兵器のない世界と平和の実現に向けて、全力を尽くし続けることを、ここに宣言します。
              

2015年(平成27年)8月9日

長崎市長  田上 富久 




安保法案痛烈批判…平和への誓い、谷口さん
毎日新聞 2015年08月09日 22時59分
 

「戦時中の時代に逆戻りしようとしている」−−。被爆者を代表して「平和への誓い」を読んだ谷口稜曄(すみてる)さん(86)は、安倍晋三首相の目の前で、安全保障法制の整備を進める政府を痛烈に批判した。

 16歳で被爆し、奇跡的に一命を取り留めた谷口さんは、戦後、原爆の後遺症と闘いながら、被爆者援護運動の先頭に立ち、国内外で体験を語ってきた。現在も日本原水爆被害者団体協議会の代表委員を務める。

 1974年以来2度目の「誓い」で自らの被爆体験を赤裸々に話した。原爆投下後の惨状や、70年間に亡くなった被爆者の思いに触れ「生きている限り、戦争と原爆被害の実相を世界中に語り続ける」と結んだ。

 今春、核拡散防止条約(NPT)再検討会議開催に合わせて渡米した際は、車椅子だった。帰国後の7月14日に体調を崩し、31日まで入院した。それでも「これまで生きてきた集大成」との思いで大役を引き受けた。被爆70年の節目に命を削って力を振り絞った谷口さんの言葉に、会場から大きな拍手が湧いた。

 式典後、谷口さんは語った。「再び戦争をしない国にするために、国民が力を合わせて、政府を動かさないといけない」

     【小畑英介:毎日新聞 - 2015年08月09日 22時59分】 



長崎原爆の日:平和への誓い (谷口稜曄) 全文
 毎日新聞 - 2015年08月09日

 70年前のこの日、この上空に投下されたアメリカの原爆によって、一瞬にして7万余の人々が殺されました。 真っ黒く焼け焦げた死体。倒壊した建物の下から助けを求める声。肉はちぎれ、ぶらさがり、腸が露出している人。かぼちゃのように膨れあがった顔。眼(め)が飛び出している人。水を求め浦上川で命絶えた人々の群れ。この浦上の地は、一晩中火の海でした。地獄でした。

 地獄はその後も続きました。火傷(やけど)や怪我(けが)もなかった人々が、肉親を捜して爆心地をさまよった人々が、救援・救護に駆け付けた人々が、突然体中に紫斑が出、血を吐きながら、死んでいきました。

 70年前のこの日、私は16才。郵便配達をしていました。爆心地から1・8キロの住吉町を自転車で走っていた時でした。突然、背後から虹のような光が目に映り、強烈な爆風で吹き飛ばされ道路に叩きつけられました。

 しばらくして起き上がってみると、私の左手は肩から手の先までボロ布を下げたように、皮膚が垂れ下がっていました。背中に手を当てると着ていた物は何もなくヌルヌルと焼けただれた皮膚がべっとり付いてきました。不思議なことに、傷からは一滴の血も出ず、痛みも全く感じませんでした。

 それから2晩山の中で過ごし、3日目の朝やっと救助されました。3年7カ月の病院生活、その内の1年9カ月は背中一面大火傷のため、うつ伏せのままで死の淵をさまよいました。

 そのため私の胸は床擦れで骨まで腐りました。今でも胸は深くえぐり取ったようになり、肋骨(ろっこつ)の間から心臓の動いているのが見えます。肺活量は人の半分近くだと言われています。

 かろうじて生き残った者も、暮らしと健康を破壊され、病気との闘い、国の援護のないまま、12年間放置されました。アメリカのビキニ水爆実験の被害によって高まった原水爆禁止運動によって励まされた私たち被爆者は、1956年に被爆者の組織を立ち上げることができたのです。あの日、死体の山に入らなかった私は、被爆者の運動の中で生きてくることができました。

 戦後日本は再び戦争はしない、武器は持たないと、世界に公約した「憲法」が制定されました。しかし、今集団的自衛権の行使容認を押しつけ、憲法改正を押し進め、戦時中の時代に逆戻りしようとしています。今政府が進めようとしている戦争につながる安保法案は、被爆者を始め平和を願う多くの人々が積み上げてきた核兵器廃絶の運動、思いを根底から覆そうとするもので、許すことはできません。

 核兵器は残虐で人道に反する兵器です。廃絶すべきだということが、世界の圧倒的な声になっています。

 私はこの70年の間に倒れた多くの仲間の遺志を引き継ぎ、戦争のない、核兵器のない世界の実現のため、生きている限り、戦争と原爆被害の生き証人の一人として、その実相を世界中に語り続けることを、平和を願うすべての皆さんの前で心から誓います。

平成27年8月9日

被爆者代表 谷口稜曄(すみてる) 


   
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