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【憲法記念日】護憲派が横浜に3万人集結 (産経新聞もWeb版で速報)

2015年5月3日(日)

 今日は【日本国憲法】 が 生まれて68回目の誕生日!
 福岡市も含めて各地で 【憲法改正(改悪)を許すな!】 の集会が開かれました!

 関東では、横浜の臨港パークに3万人以上が集まって、大江健三郎さんらの
訴えに耳を傾け、パレードを行ったとのこと。

岐路の憲法9条、危機感表明も 改憲派は論議活発化歓迎
 東京新聞(共同) - 2015年5月3日 19時36分


【憲法記念日】護憲派が横浜に集結
 大江健三郎氏「首相の米演説は露骨なウソ」 

 産経新聞 - 2015年5月3日(日) 18:48


社説 [憲法記念日] 戦争反対 血肉化しよう
 沖縄タイムス・社説 - 2015年5月3日 05:30


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岐路の憲法9条、危機感表明も 改憲派は論議活発化歓迎
 東京新聞(共同) - 2015年5月3日 19時36分

      2015050301001437.jpg 

 日本国憲法の施行から68年となる3日、憲法記念日にちなむ集会が相次いで開かれた。
 集団的自衛権行使容認など自衛隊任務の大幅拡大を進める安倍政権の下、戦争放棄をうたう9条は岐路に立たされている。
 護憲派は「積極的平和主義でなく『積極的戦争主義』だ」と強い危機感を示した。  



【憲法記念日】護憲派が横浜に集結
 大江健三郎氏「首相の米演説は露骨なウソ」 

 産経新聞 - 2015年5月3日(日) 18:48
 

 憲法記念日の3日、各地で改憲、護憲両派の集会が開かれた中、横浜市西区の臨港パークでは「平和といのちと人権を! 5・3憲法集会~戦争・原発・貧困・差別を許さない~」(実行委員会主催)が行われた。会場には作家の大江健三郎さんら護憲派の人々が3万人以上集結(主催者発表)。それぞれが安倍晋三首相を批判し、集団的自衛権反対を訴えた。

 司会を務めたのは、女優の木内みどりさん。「いろいろなグループの思いは同じではないかもしれないが、憲法を守りたいという気持ちは一緒です」とまくしたてた。

 作家の雨宮処凛さんは「この暑い中、熱中症で誰か倒れたら全部安倍のせい」と最初から“戦闘モード”。貧困問題と戦争の親和性を主張し、「戦場に行くのは貧しい人たち。(集団的自衛権行使で)命を使い捨てられるような人が国内からも生み出されるのではないか。経済や何かのために人の命が犠牲になる社会を止めたい」と訴えた。

 次いでスピーチした大江氏は、安倍首相が4月29日に米上下両院合同会議で行った演説に対し「あまりにも露骨な嘘。だが(日米両国で)はっきりとした拒否の言葉が述べられることはなく、それをどうひっくり返すかが大きな問題だ」と断じ、会場からは大きな拍手が起こった。安倍首相が夏までの安全保障関連法案の成立に決意を示したことにも、「安倍は日本の国会で(そのことについて)はっきり述べて、われわれ日本人の賛同を得たことはない」と強調した。

 作家の沢地久枝さんは「戦後70年間、日本は戦死者を1人も出していない。こんな国はないんです。この次の段階になったとき、戦後70年間戦死ゼロできた歴史が切り替えられた年が2015年だった、とならないようにがんばっていく」、精神科医の香山リカさんも「私たちはこの憲法を変えるどころか、まだ使い切ってもいない。今の憲法さえ使いこなせていない政権に憲法を変える資格はない」とそれぞれ持論を展開した。

 集会には民主党の長妻昭代表代行、共産党の志位和夫委員長、社民党の吉田忠智党首ら野党の幹部も登壇し、「戦争立法反対の一点で協働し、安倍政権の企みを必ず打ち破ろうではありませんか」(志位委員長)と“共闘”を呼びかけた。 



社説 [憲法記念日] 戦争反対 血肉化しよう
 沖縄タイムス・社説 - 2015年5月3日 05:30
 

  私たちは今、歴史のどのあたりに、どこに向かって、立っているのだろうか。

 安倍政権誕生以来、劇的に変わったのは、憲法・安保をめぐる政治環境である。

 安倍晋三首相は2月、自民党の船田元・憲法改正推進本部長と会談した際、初めて改憲時期に言及し、来夏の参院選後が「常識だろう」と語った。

 来年夏の参院選の後、早ければ来年か、もしくは再来年に、国会で、憲法改正が発議されるかもしれない。

 有権者が国民投票によって憲法改正の是非を判断する-という戦後初めての歴史的な経験が、改憲派の単なる願望ではなく、現実の政治日程として語られるようになった。これは大きな政治環境の変化だ。

 船田本部長は4月に宜野湾市で講演し、安倍政権の掲げる「積極的平和主義」を憲法前文に盛り込むことに意欲を示したという。国民の理解が得られたわけでもない一政権の政策を憲法前文に盛り込むとは、恐れ入った。

 沖縄と憲法の関わりをひもとくと、戦後日本の、今も続くいびつな姿が浮かび上がる。5月3日の憲法記念日を「沖縄の視座」から憲法を考える日にしたい。

    ■    ■

 今からちょうど50年前の1965年5月3日、沖縄タイムスの1面中央に松岡政保主席(現在の県知事)からの「祝辞」が掲載された。沖縄にとって「初めての憲法記念日」を祝うメッセージである。

 米統治下の沖縄に憲法は適用されていなかったが、立法院(現在の県議会)は「日本国憲法の施行を記念し、沖縄への適用を期する」との理由から「住民の祝祭日に関する立法」を改正し、5月3日を憲法記念日と定めた。

 沖縄住民は敗戦後の45年12月、衆議院議員選挙法の改正によって選挙権を一方的に停止され、46年4月に実施された戦後初めての衆院選の際、選挙権を行使することができなかった。憲法制定の場に代表を送ることができなかったのだ。

 沖縄代表不在の国会で成立したその憲法は、72年の施政権返還に至るまで、沖縄に適用されなかった。戦後日本は、ある意味で「分断国家」だった、ともいえる。分断された地域の冷戦下の犠牲の上に、戦後日本が築かれたのである。

 「一体、自分は何者なのか」-戦後、沖縄の若い世代は大なり小なり、アイデンティティーの危機に陥った。米兵が加害者となった交通事故では無罪となるケースが多く、レイプ事件も相次いだ。

 戦後70年の今年は、米国がベトナム戦争に本格介入して50周年という節目の年でもある。ベトナム戦争で沖縄は、出撃・補給・後方支援基地としてフル回転した。

    ■    ■

 「平和憲法の下への復帰」は、復帰運動のスローガンとなった。

 だが、実際に施政権返還が実現し、憲法が適用されるようになって初めて気付いたのは、日米地位協定の前では憲法が時に、「無力」だということであった。

 憲法と国内法によって保障されたさまざまな権利が、安保・日米地位協定とぶつかった場合、政府は地位協定や関連取り決めで保障された米軍の権利を優先し、米軍の意向に従うことが多い。

 憲法改正問題は、時の政治状況や国際環境の影響を受けやすい。この状況を利用して一気に9条改正に突っ走る発想は極めて危険である。中国の海洋進出によって東アジア、南アジアの安全保障環境が悪化しているのは事実であるが、軍備増強による封じ込め策に偏り過ぎてバランスを欠けば、逆効果だ。

 憲法前文には「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」とある。

 沖縄戦を生き残った人々は、この前文に接したとき、干天の慈雨のように感じたに違いない。

 戦争は時間がたてばたつほど美化される傾向にある。若い世代にも届くような新たな平和運動を起こし、満身創痍(そうい)の憲法9条に魂を吹き込む必要がある。 


 
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コメント

毎日は報道せず

久留米で購読している「毎日」には,この3万人集会の記事は全くありません.これもまた「ニュース」ですね.このような,メディアに関する「ニュース」と,報じられない重要情報を,市民が足で広く人々に届ける,この活動が決定的に重要になって来ている思います.とにかくメディアリテラシーの向上が大事.

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