FC2ブログ

JUNSKY blog

政治関連・社会問題などについて書いてゆきます!

九州玄海訴訟第12回口頭弁論の御報告 弁護団より

2015年4月27日(月)

 九州玄海訴訟・弁護団より 【メールニュース 第79号】 が配信されました。

 裁判官3人の内二人も交代して、仕切り直しの様相とか・・・

 『定期異動』 と云ってしまえば、それまでの話しなのだが・・・ 

 新しく来た裁判官は、この裁判の記録を一から読み、原告や被告の言い分を頭の中に入れていくことになります。
記録の量は棚1つ分ほどの膨大な量になっていますので、裁判官も大変な作業です。

     とのこと。

 以下に引用いたします。 

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

第1~13陣原告のみなさまへ
(メールアドレスを登録いただいた方に配信しています)

【第12回裁判のご報告】4月24日(金)に行われた九州玄海訴訟第12回口頭弁
論期日には200名を超える方が参加しました。

≪更新弁論≫今春、人事異動のため、裁判官3人のうち2人(傍聴席からみて、中央
と左に座っている裁判官)が交代しました。

新しく来た裁判官は、この裁判の記録を一から読み、原告や被告の言い分を頭の
中に入れていくことになります。記録の量は棚1つ分ほどの膨大な量になってい
ますので、裁判官も大変な作業です。

そこで、原告らは、新しく来た裁判官に早く事案の内容をわかってもらうために、
これまでの主張してきたことのポイントを口頭で説明しました。これを、更新弁
論といいます。今回、原告は、①裁判の概要と目的、②フクシマの被害を明らかに
することの重要性と本件訴訟における法的位置づけ、③新規制基準の不合理性、④
避難計画の不合理性を更新弁論で説明しました。

時間は短かったですが、裁判官も適宜メモを取りながら真剣に聞いており、ポイ
ントは的確に伝わったと思います。

1)総論 板井優弁護士(共同代表)
1 本日の第12回口頭弁論での弁論更新にあたり、私ども原告の訴訟活動の主
だった点について次の通り弁論更新の陳述を致します。

私たちの更新弁論は、①弁論の総論的主張、②福島での被害を繰り返さないために
被害の総体を把握すること、③新規制基準は操業のための基準に過ぎず安全のた
めの基準ではないこと、④福井地裁の大飯原発差し止め判決は当然の判決であり、
これを批判する九電の主張に反論すること、⑤避難計画は、事故があって避難す
るだけでなく故郷に無事帰還するまでが避難計画であることを述べる予定です。
その内、④の福井地裁関係は、福井弁護団の佐藤辰也弁護団長に復代理人の立場
から弁論をして貰うものです。

私は、その中の①弁論の総論的主張を行います。残りの弁論の要旨は、後ほどそ
れぞれの代理人が更新弁論を行います。

2 まず、「原発なくそう!九州玄海訴訟」の概要について、お話しいたします。
福島原発被害発生の翌年である2012年1月31日、「原発なくそう!九州玄
海訴訟」の第一陣原告1704人が、九州電力玄海原子力発電所4基の原子炉の
操業の差し止めを求めて、原発推進政策を進める国と九州電力を被告に、御庁に
裁判を提起しました。

そして、現在、去る3月26日の第13陣提訴で、原告数は9126名で歴史上
最多数の原発訴訟です(原告は、国内47都道府県及び韓国・中国・フランス・
イタリア・スイスに在住しています)。 

私どもの裁判は、原告は九州の北部佐賀・福岡・長崎と中部大分・熊本を中心に、
代理人もそれらの地域を始めとする九州を中心とする弁護士で構成されています。
そして、鹿児島地裁に継続しています「原発なくそう!九州川内訴訟」とは兄弟
訴訟となっています。
ところで、私どもは、法廷には入れない原告および代理人らには別に模擬法廷を
開催しています。

この裁判では、一万人原告を目指すという経緯もあり、追加提訴をした原告2名
について15分間で意見陳述をすることで訴訟当事者全ての合意を得ているとこ
ろです。

3 2011年3月11日からの東京電力福島第一原子力発電所事故については、
原告はもちろん私たち代理人にとっても大変な驚きでした。おそらく、私たち原
告と相対する被告国の指定代理人、及び九州電力代理人にとっても同じ思いでは
なかったかと思います。さらに言えば、新しく構成された裁判官におかれても同
じ思いではなかったのではないでしょうか。
その意味では、この場にいる私たちは、福島原発事故世代であると言っても過言
ではないでしょう。

私たちの主だった主張の第一点は、福島での原発被害を繰り返さないために被害
の総体を把握することにあります。

この原発事故は、私が弁護士として17年と8ヶ月にわたって担当した九州熊本
の水俣病という公害病とは異なって、まさに半永久的かつ壊滅的打撃、想像を絶
する被害をこの地域に与えています。まさに、戦争公害に勝るとも劣らない公害
被害であります。すなわち、その意味では、絶対に起こしてはならない原発公害
被害であるといえます。
私どもは、福島原発公害被害を明らかにする上で、加害の構造を問題に致しまし
た。なぜ、東京などの大都市から遠く離れた福島に原発をつくったのか、まさに
それが加害の構造なのです。

確かに原発を作ったときは、福島の被害は東京に及ばないと当時、原発をつくっ
た人たちは考えたのであろうと思います。

しかし、この事故では、現実には、東京も含むかなりの地域が極めて危険な状態
でした。これが、原発被害です。しかも、ある研究者の見解では、放射能に含ま
れるセシウム137の85%は偏西風に乗り太平洋と北米大陸に飛んでいったの
ですが、15%のセシウムが下を吹く季節風に乗り、50㌔圏内にある立地自治
体でもない飯舘村にも襲いかかりました。現在全村避難となっている飯舘村は被
害自治体なのです。

私どもは、この玄海原発の付近から年に4回風船プロジェクトをしました。遠く
は、偏西風に乗って554㌔離れた奈良県に落下しました。

そして、その下を吹く季節風に乗った風船は、阿蘇山を始めとする北部・中部九
州に落ちました。

これは、原発銀座といわれる福井県でも同じ状況だと思います。この次の原発事
故ではまさにわが国自体が壊滅する危険があるのです。

福島では現時点でも12万人を超える人たちが故郷に戻れない現実があります。

現在、立地自治体だけが原発立地の同意権があると国と電力会社は思
っているようですが、私たちは、被害を受ける可能性のある全ての被害自治体・
住民、さらには全国民が原発立地・再稼働についての同意権があると考えていま
す。

4 次に、私たちの主だった主張は、新規制基準は操業のための基準に過ぎず安
全のための基準ではないということです。

まず、行政が定める規制基準とは何でしょうか。かつて、規制基準は 安全基準
と同視され、原発の安全神話と深く結びついていました。しかし、例えば、チッ
ソは当時の水道法による水銀の基準を満たしていましたが、水俣病は発生しまし
た。福島の東電第一原子力発電所も造る当時の基準をクリアしました。しかし、
原発事故は発生したのです。

事実、田中俊一原子力規制委員会委員長は、新規制基準をパスしたからといって、
安全だということではないと述べています。要するに、新規制基準も含め、およ
そ規制基準は、操業のための基準に過ぎません。

私たちは、この点を明確に掴んでおく必要があります。

その余の点は、更新弁論をする担当者に譲りたいと思います。

5 次に、私たちは、福井地裁の大飯原発差し止め判決は当然の判決であり、こ
れを批判する九電の主張に反論をしてきました。

今、福島での深刻広汎な原発公害を再び繰り返さないために福井地方裁判所は歴
史的な判断を下しました。まさに、理性の声であります。

本日は、この点について、この判決を勝ち取った代理人による意見を述べ弁論更
新をするものです。

6 最後に、私たちは、避難計画とは、原発事故があって避難するだけでなく再
び故郷に無事帰還するまでが避難計画であることと主張しています。

しかし、果たして、原発事故で避難計画が作れるのでしょうか。まさに最大の避
難計画とは、原発を廃炉にすることではないでしょうか。

7 本件訴訟と裁判所の役割
アメリカに初めて原発が登場したのは1957年とされています。わが国で原発
が登場したのは1963年の動力試験炉の運転開始です。商業用原子炉発電は1
966年からです。原子炉は安全である、人体に影響を与える放射線が外に漏れ
ることはない、というのが原発を運用してきた側の意見でした。

しかし、炉心溶融(メルトダウン)事故が起こったのは、1979年のアメリカ・
スリーマイル島原子力発電所事故、1986年のソビエト・チェルノブイリ原子
力発電所事故、2011年の日本・福島原子力発電所事故などが上げられます。
アメリカでの原発操業から福島事故まで54年です。その中で3回ですから平均
すると18年に1回です。私の人生で3回もメルトダウンが起きています。これ
が事実です。

このように危険なものの操業を許すことは絶対にあってはならないはずです。全
ての原発は存在するだけで危険であることは福島の事故を見れば明らかです。そ
うした立場から、原発が安全であるとする被告らがその根拠を明らかにする主張・
立証をすべきだと思います。

私たちは、裁判所での勝訴判決をテコに、さらに国民世論を大きく広げ、全ての
原発を廃炉にする法律を策定させ、全面的な解決を図っていく決意です。

私は、かつて判決確定後のハンセン病弁護団と法務省との協議で、大臣官房長の
「今回の小泉首相の控訴断念は明治以来の司法の快挙である」という発言を聞き
ました。私は、全国の裁判所がこの問題を解決できる勝訴判決を出して貰い、私
たちは国民世論の中にこれを大きく広げて脱原発を実現していきたいと思ってい
ます。司法の理性を、国民世論に広げ、これを立法化する「力のある正義」を実
現していくことがこの問題を解決していく道筋です。

私どもとしては、裁判所がこうした立場から本件訴訟を審理して頂きたいと切に
お願いするものです。

以上で、私の更新弁論を終わります。

2)被害とそれを論ずる意味 池永修弁護士
1 原発がもたらす被害と本件訴訟において被害を論ずる意味について更新弁論
を行います。

2 昨年(平成26年)5月、福井地方裁判所は、半径250km圏内の住民と
の関係で大飯原発の再稼働を差し止める判決を下しました。

また、昨年10月には、大津地方裁判所が、高浜原発の差し止めをめぐる仮処分
において、結論的には住民敗訴ではありますが、保全の必要性の判断において、
耐震設計の不合理性、避難計画の不備等を具体的に指摘し、現状での再稼働はあ
り得ないとの見方を示しました。
そして本年(平成27年)4月14日、福井地方裁判所は、高浜原発についても
再稼働を差し止める仮処分決定を下しました。
原子力施設がずらりと立ち並び原発銀座とも呼称される地域において、このよう
な司法判断が立て続けに下される流れは、福島第一原発事故以前には考えられな
かったことです。
そして、これら一連の司法判断は、圧倒的な市民の賛同を得ています。福島第一
原発事故の直後こそ、電気不足への不安から将来的には原発から脱却するという
ところでしか一致できなかった民意は、原発が止まったままでも電気が足りるこ
とが実証された今日では、多少の電気料金値上げの負担を甘受してでも原発から
の即時脱却を望むという声が多数派を形成するまでになっています。

福島第一原発事故を経て、これほどまでに我が国の原発をめぐる情勢が一変した
理由は、裁判官をはじめ、私たち国民のひとりひとりが、原発がもたらすすさま
じい被害を目の当たりにしたからにほかなりません。

原発を稼働しなくても電気が足りる、このことが分かってしまった以上、これほ
どまでの被害をもたらす危険が僅かでもあるのであれば原発などいらない、国民
がそう考えるのは至極当然のことであり、極めて冷静かつ合理的な判断であると
いえます。

3 私たちは、被害論の総論として準備書面3を提出し、原発をもたらす被害を、
被害をもたらす加害の構造に着目して述べました。

準備書面6では、かかる加害の構造に着目しつつ、原発がもたらす被害の全体像
を鳥瞰し、そのうち主要なものを、準備書面16の1乃至9で詳述しています。
また、準備書面18において汚染水問題を、準備書面22において避難の問題を
取り上げ、福島第一原発事故後に顕在化した被害を都度主張しています。

このように、私たちは、原発がもたらす被害の総体をこの裁判で明らかにするこ
とを大きな課題として掲げてきました。

それは、原発がもたらす被害の総体を正しく把握すること、それが司法判断とし
て原発の是非を判断するうえでも、何より重要なことであると考えているからで
す。

4 原発がもたらす被害として最大かつ最悪のものは、いうまでもなく過酷事故
がもたらす被害です。

福島第一原発事故は、一民間企業が、原発という危険な技術を用いた営利目的の
事業活動によって、極めて広範囲にわたる自然環境とその土地に根ざした地域社
会を半永久的かつ壊滅的に破壊するに至った史上最大、最悪の環境汚染事件、産
業公害事件です。最高裁も、福島第一原発事故が起こる以前から、原発の過酷事
故は「万が一」にも起こってはならないと述べていましたが、その「万が一」は
現実に起こるのだということを、私たちは最悪の形で知ることになりました。

しかし、私たちが目の当たりにしてものが福島第一原発事故の被害の極々一部に
過ぎないことは、戦後70年を経ても広がりを見せる広島長崎の原爆症の例、チ
ェルノブイリ原発事故後の健康影響の例などを見るだけでも自明のことですが、
そのような人の生命、身体、健康に対する最悪の被害のほかにも、福島第一原発
事故がもたらした被害は、人が生活をして行くために必要な自然的環境、社会的、
経済的環境、我が国の国家経済にまで公汎な被害を及ぼしており、その全体像を
把握することは容易ではありません。

私たちは、このような原発がもたらす被害の総体を把握するための試みとして、
被害論の総論として準備書面3を提出し、被害をもたらす加害の構造に迫りまし
た。そこで、私たちは、①国策民営、②徹底した利潤の追求、③本質的な公害企業
性、④徹底した情報の隠蔽、⑤地域支配という5つの視点を挙げましたが、原発を
推進してきた被告国と電力会社或いはその背後にいる財界が、福島第一原発事故
が起る以前から、何を目的として、どのような手段を用いて、原発という危険極
まりない嫌悪施設を地域に押し付け、その地域社会を蹂躙してきたかを理解する
ことによってはじめて、福島第一原発事故後に、福島や、真実は福島と同じよう
に放射性物質で汚染された関東を含む東日本一円で繰り広げられてきた名ばかり
の避難政策や復興政策、これにより隠され切り捨てられて今も拡大、増幅してい
る被害の総体を正しく把握することが可能になると考えたからです。

準備書面6では、このような加害の構造に着目しつつ、被害の総体の把握を試み
ており、これに続く準備書面16では、そのうち主要なものについて掘り下げた
検討を加えています。
福島第一原発事故により、関東を含む東日本一円の広範な国土が放射性物質によ
って半永久的に汚染されました。

事故から4年が経過した今でもなお12万人を超える市民が郷里を離れて避難生
活を強いられており、これだけをみても桁違いの公害事件であると言えますが、
汚染されたのは被告国が避難区域として線引きした福島の中のごくごく限られた
地域だけではなく、今も数百万とも数千万ともいうべき膨大な市民が放射性物質
に汚染された地域で生活しており、その一方で、補足すらされていないおびただ
しい区域外避難者が孤立無援の避難生活を強いられているという我が国の異常な
現実を直視する必要があります。

放射線被ばくの晩発的な影響に閾値がないことはICRPですら認めており、すでに
福島では多くの子どもたちに甲状腺がんだけでなく代謝異常などの様々な健康上
の問題点が指摘されています。にもかかわらず、福島第一原発事故から4年が経
過し、復興の美名のもと、賠償金打ち切りの恫喝によって、多くの避難者が汚染
地域に帰還しているという恐るべき現実を直視しなければなりません。

また、放射性物質に汚染された地域では、どれだけ名ばかりの復興政策で取り繕
おうとも、長い歴史のなかで育まれてきた伝統や生活様式、経済活動、そして地
域社会そのものが壊滅的に破壊されており、被告国や東京電力による被害の線引
きや放射線被ばくに対する認識の格差等に起因する住民間の軋轢も深刻です。

国家経済に眼を向けると、福島第一原発の廃炉や汚染地域の除染、損害賠償等に
要する費用は、被告国の試算でも10兆円を超えるとされており、それでもなお
過小評価であって、例えば福島県全域を年間1mSv未満まで原状回復するならば、
それだけでも数百兆円という桁違いの費用を要すると言われています。このよう
な費用負担も、結局は、電気料金や税金として国民に転嫁されることになります。

福島第一原発では、今もなお、メルトスルーしてどこにあるのかも分からないむ
き出しの核燃料が日々大量の放射性物質を放出し続けており、行き場のないまま
日々たまり続ける汚染水の海への漏出も後を絶ちません。

もはや福島第一原発事故の被害は、加害者と被害者の線引きもできないほどに広
がりを見せており、加害者である東京電力は瞬く間に実質国有化され、我が国そ
のものが国家としての存立の危機に曝されているのです。

4 次に本件訴訟における被害の位置づけについて述べます。

これまで述べたような福島第一原発事故のすさまじい被害を目の当たりにし、私
たち法律家は、この原発の問題をどのように理解し、判断すべきなのでしょうか。

福島第一原発事故の後、もはや被告国も電力各社も、原発が絶対安全であるなど
とは主張できなくなりました。原発が過酷事故を起こす危険があることについて
は、もはや争いのない事実になっており、原発が絶対安全だと信じられていた時
代の過酷事故の危険性をめぐる科学技術論争は、もはや意味を失っていると言え
ます。

過酷事故の危険性が、具体的危険性であるか、抽象的危険性であるかという議論
は、あまりに非科学的な言葉上の問題に過ぎないのであって、過酷事故の危険性
はあるのだという厳然たる事実、過酷事故がもたらす被害を直視した議論がなさ
れなければなりません。

また、福井地裁判決等によって指摘された技術的欠陥が治癒されない場合に原発
の稼働など許されないことは当然のこととして、そもそも原発は、過酷事故が起
きなくても、一定の放射性物質を自然界に放出し続け、処分方法も定まらない放
射性廃棄物を大量に生成し、将来の世代に償いきれない負の遺産を残し続けてい
ます。原発で働く労働者は使い捨てにされ、原発周辺の住民に健康影響が出てい
るという報告も国内外を問わず存在しています。過酷事故の具体的危険性がある
かどうかという議論に終始して原発の是非を論ずることは、原発の抱える問題点
を矮小化した議論であると言わざるを得ません。

私たちは、原発の是非をめぐる法的判断は、過酷事故の危険性が存在するという
ことを前提に、原発がもたらす被害の総体を正しく把握し、それでもなお原発を
温存させることが許されるのか、それだけの優越的価値が存在するのかを冷静に
かつ総合的に検証されるものでなければならないと考えています。

そして、福島第一原発事故の被害を目の当たりにした私たち福島世代の法律家が
到達すべき結論は、原発を廃炉にするという結論に到達せざるを得ないのであっ
て、それは、過酷事故が「万が一」にもあってはならないとした最高裁判決の当
然の帰結でもあります。

全国の原発が停止して3年、すでに我が国の国民は原発に依存しない生活を確立
しており、電力会社ですら原発を稼働しなくても黒字を計上できるようになって
います。このような情勢の中で、電力会社が更なる経済的利益を追求するためだ
けに無責任に原発を再稼働することなど、もはや圧倒的多数の国民は望んでいま
せん。

貴裁判所が、原発がもたらす全ての被害を正面から受け止め、原発と決別する歴
史的な判決を下されることを国民のひとりとして切望し、私の更新弁論を終えま
す。以上

次号では 3)新規制基準に関する弁論、4)避難計画が杜撰であること を掲載
します。

■九州玄海訴訟今後の予定■
第14陣提訴6月11日(木)
第13回期日7月10日(金)
第14回期日10月9日(金) 



*******************************************
にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ  (左のアイコンをクリックして
              もらえたら嬉しいです)
*******************************************




関連記事
スポンサーサイト



テーマ:脱原発 - ジャンル:政治・経済

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://junskyblog.blog.fc2.com/tb.php/3790-d4b767df
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)