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天皇・皇后両陛下 パラオ慰霊の旅から帰国 平和への決意新たに

2014年4月9日(木)

 天皇・皇后両陛下のたっての懸案であり希望でもあった 激戦地パラオへの
慰霊の旅を無事終わって、帰国されたと云う。

 パラオでは、各地で住民と交流し、慰霊を行ったとのこと。

 1万人の日本帝国軍将兵のうち三十数人しか生き残れなかった
激戦地ペリリュー島で日・米双方の慰霊碑をで拝礼して
全ての戦争犠牲者を追悼されたとのこと。

両陛下、日米の慰霊碑に供花 ペリリュー島で戦没者追悼
 沖縄タイムス - 2015年4月9日(木) 11:57


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     「西太平洋戦没者の碑」に供花される天皇、皇后両陛下
        =9日、パラオ・ペリリュー島(代表撮影・共同)


両陛下、平和祈り慰霊 パラオ・ペリリュー島で供花
 東京新聞 - 2015年4月9日(木) 13時55分


 わずか二日間の強行軍をこなされて4月9日(木)には帰国され
平和への決意を新たにされたと云う。

両陛下、パラオ慰霊の旅終え帰国 平和への決意新たに
 沖縄タイムス - 2015年4月9日(木) 22:23


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両陛下、日米の慰霊碑に供花 ペリリュー島で戦没者追悼
 沖縄タイムス (共同通信) - 2015年4月9日(木) 11:57
 

 【ペリリュー共同】
 天皇、皇后両陛下は9日午前、太平洋戦争の激戦地となったパラオのペリリュー島を訪れ、日本政府が建てた慰霊碑「西太平洋戦没者の碑」に供花し、拝礼された。米軍の慰霊碑にも花をささげ、黙とう。戦後70年の節目に、犠牲となった全ての戦没者を追悼し、平和を祈った。

 西太平洋戦没者の碑があるペリリュー島の南端に車で到着した天皇陛下はゆっくりと歩み寄って一礼。白菊の花を丁寧に手向け、さらに10秒以上深く頭を下げ、黙礼した。

 続いて、両陛下は「米陸軍第81歩兵師団慰霊碑」へ移り、関係者が見守る中、花壇の前に白い花輪を供えて黙とうした。(共同通信) 




両陛下、パラオ慰霊の旅終え帰国 平和への決意新たに
 沖縄タイムス (共同通信) - 2015年4月9日(木) 22:23
 

 太平洋戦争の戦没者慰霊のためパラオを訪れていた天皇、皇后両陛下は9日、激戦地ペリリュー島で日米の慰霊碑で拝礼して全ての犠牲者を追悼し、2日間の日程を終え夜に帰国された。戦後70年の節目に、両陛下の強い希望で実現した慰霊の旅。平和への決意を新たにした天皇陛下は、羽田空港で出迎えた皇太子さまらに笑顔を見せた。

 両陛下は8日午後にパラオ入りし、パラオ政府主催の晩さん会に出席。あいさつした天皇陛下は「先の戦争で亡くなった全ての人々を追悼し、遺族の歩んできた苦難の道をしのびたい」と述べ、戦没者に思いを寄せた。(共同通信) 



両陛下、平和祈り慰霊 パラオ・ペリリュー島で供花
 東京新聞 - 2015年4月9日 13時55分
 

 
 【ペリリュー島(パラオ)=水谷孝司】
 太平洋戦争の激戦地となったパラオを訪問中の天皇、皇后両陛下は九日午前(日本時間同)、日米両軍ともに大きな犠牲を出した南部のペリリュー島で、双方の慰霊碑に供花された。太平洋の島々での戦没者の慰霊は両陛下が長年希望してきたが、戦後七十年の節目に実現した。 

 両陛下は午前十時前、宿泊していた海上保安庁の巡視船をヘリコプターで出発し、ペリリュー島の飛行場に到着。バスに乗り換えて島の南端に日本政府が一九八五年三月に建立した「西太平洋戦没者の碑」に着くと、供花台に白菊の花束をそれぞれ供え、深く拝礼した。また、沖合に見えるやはり日米の激しい戦闘が行われたアンガウル島に向かって、再び拝礼した。

 陛下は戦後七十年となる今年の新年の感想で
「満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています」
 と記しており、今回の「慰霊の旅」は悲惨な戦争の記憶の継承への強い思いが込められている。

 碑のそばでは、一九四四年のペリリュー島の戦闘で生き残った福岡県筑後市の土田喜代一(きよかず)さん(95)、アンガウル島の戦いから生還した東京都杉並区の倉田洋二さん(88)のほか、パラオで肉親を亡くした遺族らが両陛下を出迎えた。

 両陛下はその後、近くの米陸軍第八十一歩兵師団の慰霊碑を訪れ、花輪をささげた。碑に面した通称オレンジビーチの近くまで歩み寄り、慰霊団や遺骨収集団の現地案内人などを務める菊池正雄さんから戦時中の様子などについて説明を受けた。

 この海岸は四四年九月に米軍が上陸を試み、日本軍の激しい抵抗で多くの犠牲者を出して双方の兵士の血で染まったとの言い伝えが名称の由来となっている。

 日米の慰霊碑への供花には、パラオ大統領夫妻と、両陛下の訪問に合わせて招かれたミクロネシア連邦、マーシャル諸島の両大統領夫妻も同行した。

 両陛下は午後、ペリリュー島の島民らと懇談。同日夕に民間のチャーター機で帰国の途に就く。羽田空港には夜に到着する。

<ペリリュー島の戦い>
 1944年9月、フィリピンへの進撃を目指した米軍が、日本軍の飛行場があったパラオのペリリュー島に上陸し、激戦となった。日本軍は島に張り巡らした塹壕(ざんごう)や洞窟に身を隠しながらゲリラ戦を続けたが、約2カ月半で守備隊約1万人がほぼ全滅。生き残った34人はその後も約2年半にわたり、密林や洞窟に潜伏した。
 近くのアンガウル島でも約1200人が死亡、パラオ全体での戦死者は日本が約1万6千人、米軍も2千人近くに上った。2島の住民は別の島などに疎開していたが、中心地コロール島の街も空襲で壊滅した。
(東京新聞) 


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