JUNSKY blog 2017

政治関連・社会問題などについて書いてゆきます!

巨大防潮堤見直し広がる 安倍昭恵(総理夫人)も

2014年3月12日(水)

 昨日は、『東日本大震災』 と 『福島原発事故』 から3周年でした。

 先週から今日に掛けて、『巨大防潮堤』 の是非が論じられています。

 東日本大震災では、田老町の巨大防潮堤が大津波に抗しきれずに大破壊しました。

 壊れた防潮堤は、却って危険な塊りになって市街地を襲います。

 幾ら高くしても、『史上最大の』津波を留めることはできません。

 田老町の防潮堤は、過去の津波の経験から 『どのように大きな』津波が来ても
持ち堪えられるはずでしたが、その 『想定内の規模』 を大きく超えました。

 従って、大きな金を投じて 『巨大防潮堤』 を造るよりは、迅速な避難ができる
システムを構築する方が、ずっと有効です。

 私は、『巨大防潮堤』 の建設には賛成できません。

 処で、今日のニュースによると、安倍総理夫人の 安倍昭恵さんが、『巨大防潮堤』 
に疑問を投げかけた発言を続けているとのこと。
 それが安倍総理にも影響を与えているとのことです。

 そのインタビューの中では、
【「何のための防潮堤か。若い人たちの意見も聞いてほしい」
 「原発も一緒だ。建設反対の人たちがいても、過疎の町だと原発に付随して
 いいこともあるので、結局受け入れてしまう。」】

  と注目する発言もしています。

 
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「地元の意見集約を」 政府内にも防潮堤見直し容認論
 (岩手日報)- 2014年3月12日(水)16:15


首相夫人インタビュー:町の魅力消す防潮堤 見直し訴える
 (毎日新聞)- 2014年3月12日(水)09:00


東日本大震災3年 自力再建の「田老村」 岩手
 (産経新聞)- 2014年3月12日(水)08:06


ノンフィクション作家・吉岡忍が「防潮堤は強がりなガキ大将みたい」と指摘
 (dot.)- 2014年3月11日(火)11:30


東日本大震災3年 首相「巨大防潮堤見直しも」昭恵夫人に同調
 (産経新聞)- 2014年3月10日(月)19:59


巨大防潮堤見直し広がる 岩手・宮城計34カ所引き下げ
 (朝日新聞) - 2014年3月8日(土)20:43


東日本大震災3年 巨大防潮堤建設 是か非か「紙上討論」 
 (産経新聞)- 2014年3月8日(土)07:59


 
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「地元の意見集約を」 政府内にも防潮堤見直し容認論
 (岩手日報)- 2014年3月12日(水)16:15
 

【東京支社】
 東日本大震災の被災地での防潮堤建設で、計画見直しの容認論が政府や関係省庁に広がっている。安倍晋三首相は国会答弁で、地元で十分に議論し合意を図ることが重要と指摘。復興庁や国土交通省も計画変更に柔軟に対応する構えで、地元に判断を委ねている状況だ。

 「防潮堤の復旧は県が主体となって進めるもの。どういう計画が地元に望ましいか、十分に話し合いながら進めることが大切だ」。安倍首相は今国会で防潮堤建設の計画見直しについて問われ、地元主導の意見集約が重要との認識を示した。関係省庁も「防災機能と環境・景観の調和について、住民の合意形成が重要だ」(根本匠復興相)、「地元の判断を聞いて柔軟に対応する」(土井亨国土交通大臣政務官)と足並みをそろえる。

 財務省の担当者は「最後は政治判断」と前置きしつつ「集中復興期間が過ぎたからといって、被災地で必要な事業に予算を付けないということはないだろう」と話す。
 被災地のまちづくり計画は現行の防潮堤の高さを前提にしており、防潮堤の計画変更が復興の遅れにつながる恐れがある。そうした負の側面も考慮した上で、各地域がどんなまちづくりを選択するのか。議論が深まるか注目される。 



首相夫人インタビュー:町の魅力消す防潮堤 見直し訴える
 (毎日新聞)- 2014年3月12日(水)09:00
 

 ◇東日本大震災3年 「若者の意見も聞いて」

 東日本大震災から3年。震災直後から被災地に足を運び続ける安倍晋三首相の妻、昭恵さん(51)が毎日新聞のインタビューに応じた。昭恵さんは昨秋以来、政府が進める防潮堤建設計画の見直しを訴えており、安倍首相も10日、国会答弁で計画見直しに言及した。昭恵さんの真意はどこにあるのか。被災地への思いも含めて聞いた。【聞き手・吉永康朗、影山哲也】

 −−なぜ防潮堤建設計画の見直しを主張されているのですか。

 ◆昨年6月ごろから急に気になり始め、気仙沼(宮城県)に通う中で、問題意識を持つ人が集まってきて、12月の自民党環境部会で発言したり、地元でフォーラムを開催したりしてきた。防潮堤について、いろいろ調べてみると、完全に安全でもないし、それなりの高さの物は必要かもしれないが、あまりに巨大な物は、何の基準によるのか分からない。生態系を崩し、海の見えない魅力のない町になるという意味ではマイナス面が大きい。必要以上の物を造るべきではないし、すごくお金がかかる。

 −−建設を進める宮城県の村井嘉浩知事と先月、意見交換したそうですね。

 ◆反対運動をするつもりはなく、良い復興をしてもらいたいと伝えたかったが、平行線だった。知事は「目の前で人が亡くなり、涙を流している人をたくさん見た。二度とこういう思いを県民にしてもらいたくない」と防潮堤の必要性を主張された。私は「必ずしも皆が賛成ではないし、安全な町がつくれても魅力がなくなって若い人が出ていったら、何のための防潮堤か。若い人たちの意見も聞いてほしい」と言った。4月にも仙台でフォーラムを開き、賛成・反対の人たちが率直に議論できる場をつくりたい。

 −−震災直後、防潮堤建設を求める声は聞きましたか。

 ◆私は聞いたことがない。自治体の要望はあったのだろうが、個々の被災者で「造ってください」という人は本当にいたのかと思う。住民合意が十分でない中で、建設計画だけが進められていったのではないか。県側も、全部県の予算でやってくださいと言ったら造らないと思う。何が一番大事かというのが、造ってもらうために見えなくなっているところもあるのではないか。原発も一緒だ。建設反対の人たちがいても、過疎の町だと原発に付随していいこともあるので、結局受け入れてしまう。

 −−地元住民の要望に基づくというよりは、国から言われたものを受ける形になっていると?

 ◆先日伺った愛知県岡崎市立北中学校の子供たちは宮城県石巻市立湊中学校と交流していて、「何が必要ですか」と聞き、地元の人たちの協力で80万円を集め、部活動のいろいろな道具をそろえたそうだ。微々たるお金だが、その学校にとってはすごく大事なもので、おかげで部活を続けられると。それを聞いて、8000億円とも1兆円ともいわれる防潮堤建設費と比べてしまった。政治家の女房を何年もやりながら、そういうことに気付いていなかったが、防潮堤問題でスイッチが入ってしまった。

 −−復興と今後どう関わっていきますか。

 ◆被災地復興だけではなく、多様性のある社会を目指すべきだと思う。どの地域にも「小さい東京」をつくるのではなく、それぞれの良さを生かした地域づくりをする。ここにしかないものが何か一つあると、人が集まってくる。農業もその一つで、興味を持つ若い人たちもたくさんいる。主人が(首相を)何年やるか分からないが、辞めたら私も農業しながら生活できたらいい。震災をきっかけにボランティアに目覚めた人たちが助け合っていけたらと思う。隣の国が困っていたら、ちょっと何かできる、ちょっとの義援金でも送ってあげる。そういうお手伝いができたらいい。 



東日本大震災3年 自力再建の「田老村」 岩手
 (産経新聞)- 2014年3月12日(水)08:06
 

 ■住民がつながり、新たな一歩

 ■再び津波と向き合うまちづくり

 東日本大震災から3年を迎えた11日、津波で大きな被害を受けた宮古市田老地区では、犠牲者を追悼する住民の姿がいたるところで見られた。海抜10メートルの巨大防潮堤がありながら、約220人の死者・行方不明者が出た同地区は、今も更地が広がり、多くの住民が仮設住宅などで不自由な暮らしを強いられている。一方、一部の被災者は内陸に約10キロ離れた高台に自宅を自主再建。自力復興の道を選んだこの一角は、いつしか“田老村”と呼ばれるようになっている。以前からたびたび津波被害に見舞われた同地区の「3・11」の表情を追った。(高木克聡)

                   ◇

 一部被災者が移り住んだのは崎山地区。昭和60年代から平成初期にかけて住宅が密集したニュータウンだった。一角には、震災後に建てられた約50軒の真新しい一戸建てが立ち並ぶ。

 中学生の息子を持つ男性会社員(43)は崎山地区での住宅再建を検討している。今は近くの仮設住宅で家族4人暮らし。「子供は大学に進学すれば、家を離れるだろう。家族で一緒に過ごしたといういい思い出を残すために、家を購入する時期を早めようと思った」という。地元の不動産業者は「崎山地区は、中心市街地と田老地区との間にあるという利便性から選ばれている」と話す。

 1年前に移り住んだ80代の女性は「ようやく落ち着いてきた」と一息ついた。なじみの民家も何軒かある。散歩中に出会えば、井戸端会議に花が咲く。「田老は村から始まったように、またやり直すんです」

 リアス式海岸の湾奥に位置する田老地区。村から町となり、宮古市と合併した現在まで、その歴史は「津波太郎」(田老)の異名を持つほど津波との戦いの歴史だった。

 明治29(1896)年の明治三陸津波では、人口の約8割にあたる1867人が死亡。昭和8年の昭和三陸津波でも、死亡・行方不明者数は人口の約3割の911人で、三陸沿岸の村の中で死者数、死亡率ともに最悪だった。巨大防潮堤の工事が着工したのは翌9年。漁などでいない男性に代わって、女性たちも工事に参加した。増築を重ねて41年に、まちを取り囲むようなX字型の総延長2433メートルの“万里の長城”が完成した。

 今回の震災では一部が倒壊し、約4400人が住むまちのほとんどが津波にのまれてしまった。明治三陸津波で14・6メートルの津波を経験している田老の人々にとって、高さ10メートルの防潮堤はすべての波を跳ね返す万能の壁ではなく、まさに津波と戦うまちの象徴だった。14・7メートルの高さで計画される新しい防潮堤にも、同様の願いを込める。

 NPO法人「立ち上がるぞ!宮古市田老」の大棒(だいぼう)秀一理事長(62)は「津波に向き合ってまちをつくってきた。住民同士がつながり、新しい一歩を踏み出せたら」と前を向いた。

                 *   *

 田老地区の防潮堤では11日、地元住民と震災後に捜索活動にあたった陸上自衛隊岩手駐屯地の隊員の計約100人が集まった。午後2時46分、人々は両手をつなぎ、海に向かって黙祷(もくとう)をささげた。

 震災時、市立田老第一中に通っていた県立宮古商業1年の山本真華(さなか)さん(16)は「あれから3年、あっという間だった。震災前に遊んでいた場所がなくなり、つらいけれど、新しくできるまちづくりに関わっていきたい」と祈りを決意に変えていた。 



ノンフィクション作家・吉岡忍が「防潮堤は強がりなガキ大将みたい」と指摘
 (dot.)- 2014年3月11日(火)11:30
 

  震災から3年。三陸の沿岸部には、次々と巨大防潮堤が造られている。ノンフィクション作家の吉岡忍氏がこれらについて、「津波は打ち砕けない」と題し、その意味を問うている。

*  *  *

 防潮堤とは何か? その正体を知りたいと思ったら、岩手県釜石市唐丹(とうに)町の小白浜に行ってみることをお勧めします。

 唐丹湾を見おろす高台に威風堂々、「浪を砕き郷を護る」と大書した石碑があって、ひょいとその下を覗くと、巨大な防潮堤がひっくり返っている(いくら何でも恥さらしなので、もう撤去されたでしょうが)。

 この防潮堤はそんじょそこらの防潮堤とちがい、1990年に完成した最新式のものでした。トンネルのような道路も組み込まれていて、高さは12.5メートルもあった。国や県が総工費10億4千万円も投じた自慢の事業だったらしく、右の石碑を揮毫(きごう)したのも当時の県知事です。

 これを見たとき、(不謹慎ながら)私は噴き出してしまった。な〜んだ、防潮堤とは、津波が来ない間だけ、「どうだ、オレってすごいだろう。さあ、かかってこい」と威張っているガキ大将みたいなものじゃないか。

 防潮堤といえば、宮古市田老地区の「万里の長城」が有名です。昭和三陸大津波のあと、町の人たちは高さ10メートル、長さ2キロ近い巨大な防潮堤を築いた。大方のメディアも専門家も、今度の大津波はそれをも乗り越えるほど巨大だった、とひと言で片付けますが、これには私は異論があります。

 建設当時の記録には、浪を砕く、という発想がまったくありません。津波は打ち砕けない、人間ができるのはせいぜい受け流して時間を作り、その間に逃げることだけだ、と当時の人たちは考えた。だから、巨大な防潮堤も津波を町の両側に誘導するように、海を正面に見て「へ」の字形に造られた。町の背後の山腹までまっすぐつづく避難路も整備された。

 なのに、3年前、田老地区でも大きな被害を出してしまったのはどうしてなのか。

 60年のチリ地震津波のあと、政府と各県は高度経済成長を追い風に、そこらじゅうに防潮堤を建設しました。そのついでに田老の防潮堤の外側に、もうひとつの防潮堤を築いた。こちらは海に向かって両腕を広げ、「さあ、かかってこい」と言わんばかりの逆「へ」の字形。今度の大津波であっさりコケたのは、このガキ大将の方の防潮堤でした。

 悪いことに、ガキ大将が虚勢を張っていたせいで、一部の町の人たちは安心してしまい、新旧二つの防潮堤のあいだに住宅を建てたりなどしていた。つまり、新防潮堤が被害を大きくしてしまったのです。

 砕く、のではなく、受け流すこと。ここには人間と自然の関係をどう捉えるか、という思想にまで及ぶ深い問題が横たわっています。

※週刊朝日  2014年3月14日号 



東日本大震災3年 首相「巨大防潮堤見直しも」昭恵夫人に同調
 (産経新聞)- 2014年3月10日(月)19:59
 

 安倍晋三首相は10日の参院予算委員会で、東日本大震災の被災地で計画されている巨大な防潮堤建設事業に関し、自治体との協議を踏まえて見直しも検討する考えを示した。「発生直後の気持ちがだんだん落ち着き、住民の意識も変わってきた。今後、見直しも自治体と相談しながら考える必要がある」と述べた。

 巨大防潮堤をめぐっては、首相の昭恵夫人が「海が防潮堤に覆われて見えない復興でいいのか」などと見直しを主張しており、首相も同調した格好だ。

 一方、首相は来年3月に仙台市で開催される国連防災世界会議について「防災に関するわが国の知識と貴重な経験を国際社会と共有する重要な機会だ」とした上で「ホスト国の首脳として出席する」と明言した。

 また、「原発即ゼロ」を訴える小泉純一郎元首相に関して「原発依存度を減らす方向性は変わりないが、ゼロといえる自信はない」と述べ、「脱原発」が前提のエネルギー政策立案を否定した。



巨大防潮堤見直し広がる 岩手・宮城計34カ所引き下げ
 (朝日新聞) - 2014年3月8日(土)20:43


東日本大震災3年 巨大防潮堤建設 是か非か「紙上討論」 
 (産経新聞)- 2014年3月8日(土)07:59
 

  東日本大震災から3年となる11日を前に、被災地の一部では街の将来や防災のあり方についての問題がいまだくすぶる。その象徴例が防潮堤だ。高さは、地域によって異なるが宮城県内では7〜8メートル、岩手県内では11メートルが平均という。津波から守る効果が期待される半面、景観が損なわれるという問題や効果そのものを疑問視する声もあり、論議は安倍晋三首相の周辺にも飛び火している。その主役は、小泉進次郎復興政務官と首相夫人の安倍昭恵さん。産経新聞は二人に取材、「紙上討論」を通じ、復興のあり方を探った。(豊田真由美、是永桂一)

 □昭恵首相夫人

 ■住民の声聞き夢ある復興を

 □小泉政務官

 ■命を守るため責任ある対応

 二人の対決は、昨年12月4日、自民党本部で開かれたシンポジウムで起きた。

 口火を切ったのは昭恵さん。「防潮堤反対運動をするつもりはないが、海が防潮堤に覆われて見えない復興でいいのか。きちんと精査して見直していただきたい」と訴えた。

 小泉氏は、岩手県普代村で高さ15メートルの防潮堤と水門が被害を抑えた例を挙げ、「批判を受けても、後世に『これが命を守った』と言われるなら、やらねばならない」と力説した。

 このやりとりは「進次郎氏VSアッキー」として話題になった。

                   ◇

 昭恵さんは、今年も頻繁に被災地を訪問する。その度に「堤防の高さが見直されたところはほとんどない。住民の合意形成が取れていないと肌で感じた」と実感するようだ。

 「三陸のリアス式海岸はすごくきれい。コンクリートの壁で覆うことは自然を生かした生活をしている日本人の感性には合わない」

 また、岩手県宮古市田老地区の高さ10メートルの防潮堤が破壊され、「巨大な防潮堤があるから絶対大丈夫だと逃げず、多くの犠牲者を出した」とする。

 防潮堤の建設は、震災後の平成23年7月に政府の中央防災会議が指針を示し、それを基に各地の想定津波高を設定、地元自治体が住民の合意を得て行う仕組みになっている。

 昭恵さんは、全ての防潮堤が無駄だとは言わない。

 ただ「地元への説明会は、人が集まりにくい昼間に急に設定される場合が多いし、自治体側が『国が高い防潮堤を造ってくれる。今度はこれで街を守る』と言えば住民は反対と言いにくい」と指摘する。

 小泉氏は昭恵さんと違う見解だ。

 まず「防潮堤の高さを何メートルにするかだけに焦点が当たるのは、木を見て森を見ずの議論だ」と強調する。

 住民対話についても異なる。

 「宮城県気仙沼市では25回ほど住民対話を繰り返して防潮堤の高さを下げた。意見交換を経て良い形になった地区もある。復興庁は現場が決めたものに予算を付けて復興を前に進める」

 被災地は、明治、昭和にも大きな津波被害を受けた。小泉氏は、悲劇を繰り返さないためにも「次の災害の時に責任ある評価を受ける対応をしたいとの自治体の考え方も分かる」と述べ、行政側の取り組みに理解を示す。

                   ◇

 今後の復興への意気込みはどうか。

 小泉氏は「防潮堤は単体の議論では終わらない」とする。「防潮堤の後ろにある土地の利用をどう考えるか。防潮堤の高さにあわせて避難路をどこまで整備するのか。街づくりの大きなビジョンを含め全部がドミノのようにつながっている」と述べる。

 その上で「長い目で将来を考え、避難や防災のあり方などソフト面を含め新しい発想でやっていくべきだ」と、発想の転換の必要も説く。

 昭恵さんは「高台に移転すれば防潮堤がいらない場合もある。最初は低い防潮堤を造り、その後、本当に必要だとみんなが思えば高さを変えればいいのではないか」と提案する。海岸に樹木を植える「防潮林」も一定の効果があると強調する。

 さらに「若い人たちに『どんな街に住みたいか』ともっと聞くべきだ。今は若い人たちにとって夢のない復興にみえる」と厳しい。「よそから入ってきた私が『わーわー』言うのは申し訳ないが、止まらなくなってしまった」と、今後も若い人たちとのネットワークづくりへの意欲もみせる。 


 
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