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政治関連・社会問題などについて書いてゆきます!

社内で英語しか使えない日本企業の功罪 私は大反対!

2010年9月7日(火)

 業務の国際化に伴い、社内での公用語を「英語」とする日本企業が出てきた。

 「楽天」 などがこの『ブーム』の 「火付け役」 だ。

 英語を話せないと、その会社には就職できない。
元からの社員も【TOEIC】(トーイック)テストの成績次第で昇進や降格になる。

 これらの傾向について、単なる『話題』のレベルを超して、ニュースの真面目な「テーマ」になり始めた。

 外資系の企業ならともかく、何故日本国内で営業している日本の企業の中で英語が公用語にならなければならないのだろうか?

 外資系企業でも、日本国内で営業するなら、日本語を基本として頂きたいほどなのに。

 英語がステイタス(Status)になってもらっては困る。

 問題もある。

 外国人と交渉をする状況の場合に、正規の有能な通訳を介さずに交渉した場合に、聞き間違いや、理解不足や語彙の不足から、誤った判断や結果を導く可能性がある。

 相当なネイティブ発音に習熟した人でもない限り、僅かの音の違いで全く逆の意味に勘違いする可能性もある。

 よく言われる例が “I can”と“I can't” であり、通常は、肝心カナメの否定部分 “n't” は聞こえないのである。
 アクセントとニュアンスで判断する必要がある。
 私の経験によれば、
  “I can” なら肯定文、“I can('t)” なら否定分という感じ!

 安易に全社員に英語を強要すると、あちこちで交渉ミスが発生しかねないのである。

 もう一つは、日本的婉曲表現ができなくなり、思考方法そのものが英米的短絡思考に変わってしまう可能性があることである。

 ドライに割り切る。白黒をハッキリ付ける。自己主張をしないと無視される。など長所にも短所にもなりうる表現方法に引きづられる可能性がある。

 私は、一般社員レベルにまで、また日本人同士の会話にも英語を強要するのは反対であり、そういう方針を決めた幹部は行過ぎた『英語至上主義者!』または『英語中毒』または『英語フリーク』または『英語オタク』あるいは「アメリカ追随者」だと思う。

 英語は単なる『ある国』の言葉に過ぎない。言葉自体は差別は無い。
世界の人口の多数派でもない。日本語より優れた言語である訳でもない。
 英語圏に行けば、5歳の子どもでも流暢に英語を話すのである。
 なにか“特別有能な”社員を育成するかのような位置づけには反対である。

 国際化の中で、ビジネスや旅行で英語が役に立つ側面は否定しないし、私も英語圏ではない欧州旅行(主として中欧)で片言の英語が随分と役には立っている。
 また、中国人や韓国人も含めてビジネスにおいて流暢に英語を話す人は少なくないが、それでもそれらの会社の全員が英語に流暢と言う訳でもない。
 重要なビジネス交渉においては確実な通訳を介するべきである。
 日常交渉は英語が得意な社員をその部署に配置すれば済むことである。

 英語を日本企業で公用語にするより先に、
正確な(少なくとも過誤の無い)日本語を使えるようにし、
教養(英語の強要ではなく)や人格や話術や交渉力も含めた
人間力を高めることこそが、
名だたる日本企業が示すべき模範ではないだろうか?


 ニュースでは、本田技研工業(ホンダ)の伊東孝紳社長の話として、
「日本人が集まるここ日本で英語を使おうなんて、ばかな話」と切り捨てた。「英語が必要なやりとりは英語でやる。時と場合によって使い分ければいい」というのが理由だ。】(産経新聞 2010年9月7日)
 と伝えている。 その通りだと思う。


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「英語公用語化」によって話せるのが当たり前に!グローバル化で出世レースから脱落した社員の憂鬱(ダイヤモンド・オンライン) - goo ニュース 

      ダイヤモンド・オンライン 2010年9月7日(火)08:40

「英語が職場の公用語になる時代がくる」

 大手企業が公用語に英語を採用したこともあり、「自社も英語を公用語に…」と大騒ぎしている会社も少なくありません。

 ところが、実際に企業がビジネス拡大をしているのは、英語圏でなく中国語圏。グローバル化が加速するのは間違いありませんが、英語が公用語として本当に必要なのかと疑問を持つ方もいるでしょう。

 そして学生時代に学んだことをすっかり忘れたビジネスパーソンの多くが英会話スクールに駆け込むべきか、悩んでいることと思います。今回は、公用語化されつつある英語への葛藤を抱く職場とビジネスパーソンの実状について、見ていきましょう。

 現在、多くの日本企業がアジア、特に中国に目を向けるようになりました。

 昔なら海外駐在や外国人と接する役割は帰国子女の独壇場。他の社員とは別採用されて、専門の組織で海外との仕事に従事しているケースが大半でした。ですから、外資系企業や商社を除けば、日本国内で働くビジネスパーソンにとって、外国人と仕事で接する機会は極少。これまで日本企業は輸出によって外貨を稼いできましたが、ある意味、江戸時代と同じような限定された窓口を通じたビジネスをしていたのかもしれません。

 ところが、近年では海外との仕事が大幅に増え、もはや帰国子女だけでは対処できない状況になってきました。その背景にあるのが、アジアでのビジネス拡大です。出店や海外拠点を増やすためには、現地駐在員が必要です。アジアなら中国、あるいはシンガポールあたりに2、3年を目処に転勤をすることになった社員の話をよく耳にします。取材したメーカー勤務のSさんも、

「これまで営業一筋。海外なんて新婚旅行以来行っていません」

 と言っていましたが、今では語学能力や留学経験がないにも関わらず、現地で外国人と接する海外業務に関わるようになってきました。私の知人からも、

「北京に2年駐在します。是非、遊びにきてください」

 などといった、海外駐在の挨拶メールが頻繁にくるようになりました。

 また最近では、海外企業の訪日をアテンドする役割として外国人と接する社員も増えています。今までのような「閉じたグローバル化」から「本格的なグローバル化」が求められる時代になったわけです。

 (まだまだ続きます。下記リンクからどうぞ!)
  http://diamond.jp/articles/-/9294?page=2 


【風】英語が公用語!? 「ばかな話」と反対論も(産経新聞)
      2010年9月7日(火)15:04

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今日の運動
 *【ピラティス】 45分
 *【ポルドブラ】 50分
 *【ナチュラルスタイル・ヨーガ】 45分
 * 筋力トレーニング3種目(15回×2セット)
 トータル4時間ほど。
 *歩数計 6400歩 (スタジオレッスン含む) 
 ピラティスは16名ほどで男は3名、ポルドブラは24名ほど、
 ナチュラルスタイル・ヨーガは20名ほど参加でした。


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コメント

コメントありがとうございます。

noga様

長~い コメントお疲れさまでした。

まずは人格教育・哲学教育は必要でしょうが、その前に正しい日本語教育と日本文化等の教養教育が必要です。

日本人としてのアイデンティティ無しで英語付け環境を整えるのには反対です。

使いたい人、勉強したい人がより良い英語環境を与えられることは必要ですが、英語使用を強要するような第二言語化には賛成できません。

英語が流暢な人々が増えることには賛成ですが・・・

なお、現在の話せない英語教育を改革するのには賛成ですが、日本人として物心付かない小学生から教えることは反対です。

大学卒業まで英語が大っ嫌いだった私でも、社会人になってから30歳過ぎて勉強を初めて、旅行には支障の無い程度にはなれたんですから、早期教育より興味と必要性の方が重要だと思います。

  • 2011/02/04(金) 00:07:14 |
  • URL |
  • JUNSKY #79D/WHSg
  • [ 編集 ]

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英語圏に行けば、片言の英語でも通じる。暮らしてゆける。
完全な英語でなくても、英語環境がととのっているから通用するのである。
英語環境がととのっていれば、そのうちに、英語も上達する。

我が国においては、どんなに英語が堪能であっても就職先に困る。
それは、人々が英語を使わないからである。これでは、暮らしがなりたたない。

日本の学校で6年間英語の授業を受けてもまず話せるようにならないのは、英語環境がととのはないからである。
一歩学校の外に出ると英語を使わないのでは、せっかく習った英語も錆ついてしまう。
日々の学習努力も賽の河原の石積みとなっている。

日本の学生のために英語環境を整えることが、語学力を増すことにつながると考えられる。
それには、英語を我が国の第二公用語にするのがよい。
国民も政治指導者も、英語の使用を日本人のあるべき姿と考えることが大切である。

国際社会において、我が国を代表する政治家にも英語の堪能さが見られない。
日本語のみを使用する社会において、実用にならない言語の学習は空しいばかりである。それにもかかわらず、我が国においては英語教育に名を借りた序列争いばかりが激しく行われている。
英語の学習を民間に奨励するだけでは充分ではなく、英語を習得したことに対する国家の強力な報奨(incentive)が必要であります。
英語を実用の言語とする政治指導者のさきを見据えた努力が大切です。
たとえば、公務員採用試験に英語の能力にすぐれた人物に優遇処置を施すなどの法的裏づけなどが効果的でありましょう。

英米人には、手先・目先の事柄に神経を集中する特技は得られないようである。かれ等は、生涯、歌詠みにはなれないでしょう。
日本人には、英語を使って考えることはきわめて難しい。しかし、これは不可能ではない。全員ではないが、知識人には為せばなる学習であると私は考えています。
わが国民の作る細工物は出来栄えが良い。なおその上、英米流の哲学にも良き理解を示す民族となれば、未来の日本人は鬼に金棒ということになるでしょう。
だから、英語を我が国の第二の公用語とすることには大きな意義があります。実現の暁には、我が国民のみならず、世界の人々に対しても大きな未来が開けることと考えられます。

一見我が国は教育大国を目指しているようであるが、大人の教育はない。つまり、子供が大人になるための教育はない。
我が国においては、教育といえば子供の教育のことを指している。目先・手先のことのみを述べる人は、子供のようである。
大人には考える教育が必要です。一人一人に哲学が必要です。
現実と非現実の間に区別を置くことなく語る人の内容には意味がない。だから、日本の知識人には価値がない。

「感情的にならず、理性的になれ」と国民に訴える指導者がいない。
「国民の感情に反する、、、、、」と言うのでは、主張の論拠にならないが、それのみを言う。
感性 (現実) あって理性 (非現実) なし。我が国は、一億総歌詠みの国にとどまっている。

大学生は入学しても、キャンパスで4年間遊んで過ごすことになる。
無哲学・能天気の大学生は、平和ボケ・太平の眠りの中にいる。
「入学を易しく、卒業を難しく」というような教育方針は現状を観察すれば空しい限りである。

日本人は、国連中心主義が好きなようだ。
国連の議場で世界の人々を説得するためには、自己の言葉が冴えわたる必要がある。
議論のできない人があえて国連中心主義を唱えるのは、自己の他力本願を表明するための手段ということになるのであろうか。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/" target=_blank>http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812" target=_blank>http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812


  • 2011/02/03(木) 21:57:49 |
  • URL |
  • noga #79D/WHSg
  • [ 編集 ]

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